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湖で微生物の研究してます

駆け出して2年目

 明日で博士号を取って今の場所に来てから1年、ポスドク2年目に突入する。この1年何をやっていたか・・・振り返ると、ひたすら学生時代に集めたデータを論文にする毎日だった。昨年の今の時点で、少なくとも論文3本分のデータが手元にあったのだけど、そのうち論文になったのは1本だけ。2本目は最も時間をかけてきた大作で、ようやく投稿に向けた最終段階の作業に入ってきている。といっても、まだ結構時間がかかりそうだ。データの量も質も、これまでに書いてきた論文とは桁違いすぎる。もともとこの論文を出すのには時間がかかるだろうと覚悟していたけど、ここまで大変だとは思っていなかった。そして、3本目の論文は、まだほとんど手つかずだ。というか実は去年、学会発表のネタにするために少しだけ分析を進めたのだけど、世の中の進歩があまりに早く、この半年少しの間に知見も技術もソフトも大きく進歩したので、ほとんどの分析はやり直しになる予定だ。技術の進歩が激しい業界に身を置くようになって、「中途半端に手を出して痛い目に遭う」ことの無いように気を付けなければいけないと思うようになった。

 そんな感じだったので、この1年、実験はDNA抽出くらいしかやっておらず、顕微鏡を覗いたのも1回か2回くらいしかなかったように思う。ほとんどの時間、パソコンの画面に向かって作業していて、微生物の研究をやっているのか、文字列(塩基配列)の研究をしているのか、良く分からない感じだった。

 ただそんな中でも、「1次データを集めて研究を差別化する」ことには必要性とこだわりを感じていて、つくばから毎月琵琶湖に通ってサンプルを集めたし、まだ行けていなかった国内の大水深淡水湖である支笏湖十和田湖の調査をすることもできた。やっぱり、野外調査は楽しいし、自分の研究の原点も野外で仕事ができることにあると思う。僕は常々、季節や天気の移り変わりを感じながら、何ならそれらに仕事の予定を左右されながら、ずっと外でやるような仕事ができれば楽しいだろうなと思っている。一日の天気や気温を知ることもなく、空調の効いた部屋で一日中パソコンに向かっているのがずっと続くとしたら耐えられない。だから、研究を引退したらキャンプ場とか釣り船とかを経営してみたいと思っている。

 一方で恐ろしいのが、野外調査をすればするほど、手に負えない量のデータがどんどん生み出されていくということだ。今の技術でも、1回の野外調査で得たサンプルを、思い切り深くシーケンスすれば、それだけで数年は色々な角度からそれを分析しながら論文を書き続けられるであろうだけのものが得られる。それなのに、サンプルは増える一方で、技術もますます進化して、データの質も量も恐ろしいことになってきている。実際、この1年の間で、先に挙げた論文3本分のデータの10倍を超える量のデータのシーケンスデータが新たに得られて未解析のままずっとハードディスクに眠っているし、さらにまだシーケンス出来ていないサンプルが次々と冷凍庫に溜まっていっている。一体これらのデータとサンプルを分析し終わるのは何年後になるのか、想像もつかない。すごい研究ができることだけは確信しているのだけど。

 こんな状況でこれ以上サンプルを溜めるわけにもいかないので、来年度からは湖の調査の計画も抑え気味にしていて、この1年以上にパソコンに向かっている時間が増えそうな気がしている。あまり嬉しいことではない。顕微鏡や、ウェット実験の仕事でもやりたいことはたくさんあって、試薬までそろえてあるものもあるのだけど、それらに手が付けられるのも一体いつになるのか分からない。税金(研究費)を使って準備までしたので、お蔵入りにしてはならぬぞという正義感が、頭の裏に残っていてじわじわとプレッシャーをかけてくる。

自分が今出来ることの中で、自分が今やりたいと思っていることの中で、自分が今やれば意味があると信じていることを選んでも、それを全てやろうとすると、絶対に人生が足りない

ということが、これまでになく確実な状況として自覚されている。お金があれば人と手分けをして取り組むこともできるのかもしれないけれど、今の自分にはそのような実力も魅力もない。だから、「やれば確実にうまくいくこと」であってもそのほとんどに手を付けることができない、という前提の上で、自分が残りの人生で書ける限られた論文の本数を、どのテーマにどれだけ割り当てるのか、ということを考えないといけなくなっている。そのためには、それぞれの論文を最高に面白くて重要で妥協のない最高傑作にすることはもちろん、自分が出していく一連の論文の流れが最終的に作り出す、「一人の研究者としてのストーリー」まで想像しながら考えないと、決断を下しきれないと思う。とはいえ、そんなものが最初から見えていたらそもそも研究する必要も面白さもない。分からないことだらけなのにどんどん新しいことが分かっていくこの世界の変化に素早く反応して、自分ができることを見極めながら軌道修正しつづけていく柔軟性が必要なのだと思う。当たり前のことを言っているだけなのだけど、この1年を振り返り、次の1年を想像しながら、改めて強く思い直したところだ。

医学部はかっこいい

東海大学の医学部で行われた「感染症診断と治療におけるゲノム解析」というシンポジウムに招待いただき、講演してきた。まだ駆け出しの身分にも関わらずそうそうたる先生方と同じ枠で招待してもらっただけで恐れ多いのに、これまでほとんど接点のなかった医学部の研究者らの前で「生態学方面からの最前線の話を是非してもらいたい」というリクエストだったので、かなり緊張した。

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▲つくばから約120km、関東平野をほぼ横断して伊勢原駅につくと、会場のある病院が城のようにそびえ立っていた。

 発表はできるだけ手法や業界の動向に焦点を当てて、非生態学の分野の方々にも参考になる内容にしたつもりで、それなりに質問も頂いたので、何とか役目は果たすことができたかなとは思う。一方で自分が得たものも多くて、医学系の研究の現場の問題意識、手法や考え方の流行などの違いを、短時間の発表の中でも多々感じることができ、面白かった。何よりも、発表やその後の懇親会での会話の中で、「やっぱり医学の研究ってダイレクトに役に立っていてかっこいいな」ということを感じた。もっと言うと「それと比べて自分の研究は趣味みたいで申し訳ないな」という気持ちにもなった。自分と同じように微生物を対象にしていて、自分と同じような方法で微生物にアプローチしているのだけど、サンプルは研究室のすぐ横の病院で治療している患者さんから採取したもので、目の前の命に係わる問題と戦っている。もちろん自分がやっているような微生物の進化や生態に迫るような研究だって重要で、医学にとっても役に立つことがあるし、それができるのが理学の特権であり、魅力であり、役割であると思う。それでも、同じような研究方法を使っていながら、別世界の最先端に立つ人達のことを知ることができたのは、自分の立ち位置や可能性を相対的に見直すきっかけとして、また医学部の研究のかっこよさを知る機会として、良い経験だった。

忘れられない本

ふと「最近本読んでないな」ということを考えた。学部・修士時代には月に1冊以上は読んでいたし、会社員時代は片道40分の電車通勤があったので本を読む習慣ができていたのだけど、その後は通勤も車か自転車になり、たまに本を読めるようなヒマができたとしても、常にWebアラートや論文が山ほど溜まっている状況なのでそっちに時間を使うようになってしまった。今思い起こすと、10年近く前の学部生時代に読んだ本でも今も内容が頭に残っている本がいくつかあるし、ふとしたときに「今考えていることはあの本に影響を受けているな」とか「今見ているものはあの本に書いてあったことだな」とかすぐに思い出せるほどに、自分の脳みそに染みついているような本もある。出会うべき時にタイミングよく出会えた本は一生の糧になる。やっぱこれからもちゃんと時間作って本を読みたいなと思う。

 読んでからかなり時間が経ってしまっているので、我流の解釈によって記憶が歪んでしまって、本の趣旨とは少しずれてしまっているものもあるかもしれないけれど、自分の読書モチベーションを高める意味でも、僕がこれまで読んだ本の中で、今でも内容を時々思い出してしまうような忘れられない本をいくつか紹介したいと思う。

科学哲学入門―科学の方法・科学の目的 (Sekaishiso seminar)

科学哲学入門―科学の方法・科学の目的 (Sekaishiso seminar)

 

最初は図書館で借りて読んだのだけど、その後手元に置いておきたくて買った本。科学と哲学は一体であり、それまで表面的にしか考えていなかった「科学的に正しい」ということがどういうことか、徹底的に、哲学的なレベルにまで突きつめて考えると何が根底にあるのか、ということを教えてくれた。 この本をきっかけに、科学哲学にハマって何冊か本を読んだけれど、結局最初に読んだこの本が一番まとまっていて分かりやすいと感じた。学部生時代にこの本に出会わなければ、ずっと科学哲学を学ぶことなく研究者になっていたかもしれない。

 

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

 

「日本人は(欧米人などと比べて)他人のことを信頼している」というのは勘違いで、「日本人が信頼しているのは、人でなくてルールである」「むしろ欧米人のほうが無条件に相手を信頼している」ということを心理学的な実験と科学的な証拠をもって示した本。「ルールさえ守っていれば快適に暮らせる仕組みが整っているが、ルールを破るものには容赦しない」という社会は、洗練されているとも言えるけれど、裏返すと息苦しさであり、「自分の頭で判断して行動を起こす」という気概が生まれにくい環境に繋がるのではないかと思う。この本は海外に行くといつも思い出す。日本よりはるかに社会のシステムが適当なのに問題なく回っているのは、人を信頼する社会だからなのだと思う。

 

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

 

物事が上手くいくかどうかを決めるのは「良い答え」ではなく「良い問い」であり、「問いを立てた瞬間に勝負は決まっているのだ」という趣旨の本。今となっては自分にとっても当たり前になっている考え方だけど、読んだ当時の自分にとって「解より問いが大事」ということをはっきり言語化してくれた影響はとても大きく、今でも時々思い出す本だ。

 

プロフェッショナル原論 (ちくま新書)

プロフェッショナル原論 (ちくま新書)

 

「プロとしてのあるべき像」を説いた本。会社員時代に「もっと一つ一つの仕事に丁寧に納得いくまで取り組みたいという自分の考え方はおかしいのだろうか?」ということに悩んでいた時に、その考えを肯定してくれて救ってくれた本。あくまで理想を描いたもので、実際にここまでできるような能力や環境に恵まれた人間はほとんどいないだろう、という「プロフェッショナル原理主義」ともいえる内容だけど、いい加減な仕事があふれるこの世界で自分の判断基準がおかしくなってきたときに、「こういうベクトルで仕事をすることは間違ってはいないのだ」ということを確認するために時々読みたい本。

 

「競争力の源は個々の戦略や戦術でなく、その根底にあるストーリーである」ということを、様々な会社の具体的な事例を挙げながら示してくれている本。自分の好き嫌いや目指す方向をはっきりとさせたうえで、それに一貫して取り組むことで差別化要因になるし、短期・部分でなく長期・全体を見据えた戦略を立てることができる。これは経営だけではなく研究でも当てはまることで、安定的に良い成果を挙げている人や研究室は、一連の研究が首尾一貫した独自のストーリーの上に載っていて、効率的・独占的に仕事ができる環境ができていると思う。

 

 これは3年前の記事で触れたやつ青空文庫だけど、今でもたまに思い出す文章。科学は客観的に見えて実は主観的だ。同じ研究対象に対して無数のアプローチができ、同じ結果に対して無数の解釈ができる。実はものすごく自由度が高くて、どのやり方を選ぶかは、自分の主観によって決められる。そういう意味で、科学は芸術みたいなものだと思う。ただ「余計なものを書けない」とか「再現可能性を担保しなければならない」といった科学的なルールが少し厳しく見えるせいで、客観的に見えてしまうだけだ。むしろそういった科学的ルールを当たり前に守れるようになってくると、論文を書くのも小説を書くのと変わらない創造的な仕事になってくる。こういうことを考える度に、この寺田先生の文章を読み返すのだけど、改めて、100年以上前にここまで深くて豊かな思想があったこと、しかもそれが自分が読める文章として残っているということはすごいことだと感じる。

就活するか?博士課程に行くか?

「就活するか?博士課程に行くか?」というのは、これからの時期、多くの修士1年の学生が抱える悩みだ。自分自身も、研究者を志して博士課程に行くつもりで修士課程に入学したのだけど、研究者として食っていくことの難しさを冷静に見れば見るほど不安になり、進路について大いに悩んだ。結局「研究以外の業界も見ておきたい」という気持ちや、「東京で会社員として稼ぐ生活を経験してみたい」という好奇心から、修士1年の冬から就活を始め、卒業後は会社員として3年働いた。その後会社を辞め、博士課程の学生として研究に戻ってきて3年で学位を取り、今ポスドク1年目なので、会社を辞めてからは4年が経とうとしていることになる。辞めた直後は、(学振DCをもらっていたとはいえ)給料は大きく下がったし、やる気だけはあったけど、本当に研究でやっていけるのか、アテも自信もない状況で、正直なところ「会社を辞めて研究に戻った自分」を正当化するのに必死だった。あれから時間も経って、少しずつ研究成果が出てきて、(まだ決して安泰ではないけど)自分の将来の方向性も見通せるようになってきた。ようやく過去の自分と比べなくても「研究やってて楽しいし戻ってきて良かった」と思えるようになったし、会社員生活と研究者生活、それぞれで自分が経験してきたことを客観的に見ることができるようにもなってきた。

 こういう経歴もあって、修士課程の後輩から「就活するか?博士課程に行くか?」という相談を受けたり、飲み会で自分のこれまでの選択の経緯について話題になったりすることも多い。そしてその度にこの問題が、答えのない難しい問題であることを痛感する。「こんなに優秀で研究が好きだと自覚できている人でも、進路に悩み、就職を選んでしまうのか」と思う事もある一方で、その悩みを聞けば聞くほど、悩んだ末に就職を選ぶ気持ちも理解できてしまう。自分自身も、同じように悩んで就職を選び、その悩みの深さを知っているから、「時間いっぱい後悔できないくらい悩んで決めたのならそうするしかないよね」ということくらいしか言えない。もしかすると自分の将来を決めるのは「時間切れになった瞬間に、頭の中のシーソーがどちらに傾いていたか」というタイミングでしかないのかもしれない。もしそうなっても言い逃れできず納得できるよう、本人がしっかり考えて悩むことしか解決策はない、というのが基本的な僕の意見だ。

 その前提のうえで、就活と進学の両方を経験したものとして、少しでもこの悩みの手助けになることを期待して、この問題の論点と、現時点での自分の考えの整理をしてみたいと思う。

目次

なぜ悩むのか?

まず、この問題に悩むのは「もともと博士課程に行くつもりがあった人」がほとんどで、「もともと就活するつもりだった人」が悩むケースは少ないという前提で話をしたい。なのでこの問題は言い換えると

もともと博士課程に行くつもりがあった人(=研究を続けたいと思っていた人)が進学を躊躇する理由は何なのか?

ということになる。で、その理由を整理すると、以下の三つが大きいのではないかと思う。

1.博士をとった後に生き残っていけるのかという不安

修士1年と言えば、少しずつ研究が軌道に乗ってきて楽しくなってくると同時に、学会等での外部の研究者との交流も増えてきて、厳しい現実を知る時期でもある。最初から博士卒業後に就活する計画であれば別だけど、アカデミアに残って研究を続けたいと思うなら、最終的に安定した身分を得ることは簡単ではない。「こんな優秀な人でも職探しに苦労しているのか」という事実を何例も見せられると同時に、「そんな人たちと競争していかなければならないのか」ということに自信を無くす。パーマネントの身分が得られるまでは数年任期の職を転々とすることになり、あちこち引っ越さなければならず、生活が安定しないし、家族にも迷惑がかかる。自分の研究に絶対的な自信や実績があるのならその不安も和らぐけれど、修士1年の段階ではそんなの分からない人がほとんどだ。なので、リスクばかりに目が行くことになり、冷静に考えれば考えるほど「研究が好き・楽しい」という気持ちだけで選んでよいものか、という不安が募る。

2. 金銭的な不安

日本の博士課程の学生は、給料が出ないどころか、高額な授業料を払わなければならない。ただでさえ、学部・修士と6年間も授業料を払い続け、多くの人が奨学金(という名の教育ローン)の返済も抱えていて、睡眠や研究時間を削ってアルバイトをせざるをえない状況にあるなかで、さらに3年、最短でも27歳までこの状況が続くというのは耐え難いというのは、もうその通りでしかない。研究者になるつもりで勉学に励んでいるようなレベルの修士卒の学生であれば、民間企業に行けば少なくても初任給で年収300~400万円台は貰えるはずだ。実際には社会保険や家賃補助などもついてくるだろうし、授業料を払わなくてよい分、金銭的な機会損失はさらに大きい。3年間で軽く1000万円以上は差が出るだろう。「好きな研究やってるんだから我慢しろ」という意見もあるかもしれないけど、こんなのは好きでもやってられない仕打ちだ。お金の余裕は心の余裕に直結する。「じゃあ辞めます」という答えになっても仕方がない。学振DCがとれれば年240万円の給料が出て、授業料も半額以上免除になる可能性が高い。贅沢はできないし、東京だとそれでも生きていくのには足りないと思うけど、バイトや奨学金で心を消耗せず研究に集中できるメリットは大きい。ただそれも採用率3割弱の狭き門であるうえ、後述するように採用が決まるタイミングが悪いので、進学するかどうかを考える基準にはならない。

3. 双方の選択肢を十分に比較できていない不安 

これは人によるのかもしれないけど「研究以外の世界を見たことが無いのに研究の道に絞ってしまって大丈夫なのだろうか?」という不安もあると思う。「研究生活はひとまず経験したけど、会社員生活はまだ経験していない。両方見てみないことには正確に比較できないではないか」というのは当然出てくる考え方だ。海外のように、正式採用の前にインターンがあって企業とマッチングするチャンスあれば良いのだけど、新卒一括採用の日本ではそうはいかない。冒頭に書いたように、僕はこの動機が結構大きくて一度就職したのだけど、「両方の世界を見た結果、研究のほうが良かった」という結論になって戻ってくるのに3年を浪費したし、そこに割いた心身のエネルギーも相当なものだった。そう簡単に戻ってこられるわけではない。基本的には、就活は片道切符になる。なので悩む。就職せずに「就職よりも進学を選ぶべき理由」を見つけて自分を納得させるのは難しい。

おまけに就活のスケジュールが早すぎる

これらの悩みをさらに増幅して問題を難しくしているのが就活のスケジュールが早すぎるということだ。年度によって時期はずれるけど、大体毎年、冬(今頃)から説明会などが始まって、春~夏から内定が出始めるスケジュールだ。学部から研究室にいたとしても、研究を始めて1年半少し、修士から新しく研究室に入ったとしたら1年も経っていない時期に、就活を考え始めなければならなくなる。ようやく研究が軌道に乗ってきたところか、人によってはまだ研究テーマが決まりきっていない段階かもしれない。結果が出始めて面白くなってくるのはその後だし、その研究に将来性があるか、自分に向いているかを判断できるのもその先だ。さらに悪いことに、学振の申請書類を提出するのが就活真っただ中の5月頃、その結果が出るのが内定式後の10月頃だ。「学振が通れば進学、ダメなら就活」という選択ができるなら、金銭的な不安は大幅に軽減することができるし、それができれば進学をもっと真剣に考えられた人もたくさんいただろう。だけど実質的に博士課程に行くためには「就活を諦める」選択を一番最初にしないといけない仕組みになっている。ますます「就活有利」だ。

就活よりも進学を選ぶ理由

ここまで書いた通り、この問題の難しいところは「進学よりも就活を選ぶ理由」はたくさん見つかる一方で「就活よりも進学を選ぶ理由」に関しては情報が限られていることにある。この情報の非対称性を解消するためには「大学院⇒就職」という一方通行を無くし、両方の世界を経験し客観的に比較することができる人を増やすこと、具体的には、在学中のインターンシップや、就職後の大学院への出戻りをもっと一般的にする施策が必要だと思う。なお後者に関しては、会社に籍を置きながら在学する、いわゆる社会人ドクターという選択肢もあるけれど、個人的意見として(分野にもよると思うけど)、会社とのしがらみ無く自分のリソースを100%研究に投ずる経験をしないと学位という称号を超えるものは得られないから、会社とは縁を切って研究に打ち込んだほうが良いのではないかと思っている。なので僕は、そういう選択がしやすいように学振等の制度や待遇を見直すべきだと考えている。ただそうは言ったところで仕組みがすぐに変わるわけもない(少しずつは変わっていくだろうと信じているけど)。なので、どんなことが「就活よりも進学を選ぶ理由」になりうるか、両方の世界を見た経験から今自分が感じていることを共有しておきたい。ちなみにこの中には、研究に戻ってきてすぐに感じたこともあれば、戻ってきてから3年以上経った最近になって感じるようになったこともある。逆に言うと、この先時間が経って経験を積み重ねていけば、また自分の考え方も変わっていくのだろうと思っている。なので、以下に書くことは、現時点で自分が感じていることの記録という意味もある。

1. こだわることが許されている

乱暴な言い方をすると、ビジネスでは

「100点の仕事を6本やること」より「60点(合格点)の仕事を10本やること」

が評価される。60点でも期待に応えられる(=お金がもらえる)のであれば、効率良く60点スレスレを連発するのが一番儲かる。60点を100点にするヒマがあるなら別の60点を生み出すべきであり、相手の期待を超えて100点を出そうとするのは自己満足だと怒られる。むしろ評価されるのは、60点を量産する仕組みを創り出した人間だったりする。一言で言えば「自分のこだわりを捨てて、上司や顧客の期待値を読み取り、そこに忠実に応え続けること」が多くの会社で求められる「仕事」だ。

 対してアカデミアは、この世に存在する数少ない「こだわり抜くことが許されている世界」だ。この世の道理を追究するためであれば、どんなに時間をかけて情報収集をしても、どんなに緻密な分析をしても、どんなにマニアックな図を作っても、それを論文として出すことができるし、そこに意味があるのなら、世界の誰かが読んでちゃんと評価してくれる。完成度を60点から90点、90点から100点に上げていく努力にも敬意が払われ、「やりすぎて否定されること」はない。「何かをとことん追究して深みにたどり着きたい」という研究肌の人にとって、この「納得いくまで仕事ができる環境」というのは、会社には無い大きな魅力だ。

2. 頑張り損が無く、成果が客観的に評価される

僕の会社員時代の3年間、常に脳内流行語としてノミネートされていたのが「やったもん負け」という言葉だ。業界・職種・会社の規模によって違うだろうけど、多くの企業で、成果を2倍出しても給料は2倍にならないし、よっぽどのことをしなければクビにならない。そうすると当然、労働者としての最適戦略は「クビにならないギリギリまでサボること」になる。それでも誰かが働いて稼がなければならない。そうすると、やる気のある人から搾取される。仕事を頑張れば頑張るほど、能力の高い人・仕事の速い人・長時間働ける人としてみなされればみなされるほど、ますます仕事が集中し、不公平感が募る。個人的にこの「頑張り損」の問題が企業の若手のモチベーションやその将来に及ぼす影響はかなり深刻だと思っているのだけど、年功序列や終身雇用のシステムも絡んだ複雑な問題であり、現時点では自分が折れるか逃げるかしか解決方法がない。

 対してアカデミアは完全なる「やったもん勝ち」、というか「やらないと死ぬ」世界だ。仕事のパフォーマンスは「論文」という属人的で客観的な指標によって形になる。論文の量にしろ質にしろ、やりたければどこまでやっても良いし、こだわりたければどこまでこだわっても良い。頑張った分は全て形になる。研究者の論文リストは、コネやブランディングによる粉飾抜きで、静かにその人のこれまでの仕事の成果が並べられていて、とても美しい。そして、激しい競争のおかげで「サボったほうが得をする」ということは基本的にない。どこまでやってもやりすぎることはないし、それで損をすることも、怒られることもない。この「心おきなく頑張れて、頑張りが全て形になる」という部分は、会社を辞めて戻ってきた当初から今まで、一貫してアカデミアの良いところだと感じている。

3. 自分の名前で世界最前線の発見をする興奮

これは言うまでもない研究の魅力なので、改めて取り上げる必要もないのかもしれない。それでも、

「世界の最前線に立つ研究者の一員である」という自覚が持てるくらいみっちりと勉強できること、そのうえで「目の前の現象やデータは世界でも自分しか知らないはずだ」と自信をもって感じられる瞬間があること、そしてその発見を自分の名前で世界に向けて発信し、この世に永久に残すこと (あるいはその直前で他の研究者に先を越されて、悔しい思いをすること)

は、研究者にしか許されない興奮だと、改めて日々感じている。民間企業でも研究職であればこの興奮を味わえるのかもしれない(自分には経験が無いので分からない)けど、研究職以外の職種に就職するなら、この興奮を味わえるチャンスはまず無いだろう。

4. 楽しそうな年上がいる

これは上記3項目以上に個人的な感想になるのだけど、5歳上、10歳上、20歳上と見渡した時に、会社よりもアカデミアのほうが、話を聞いていてこっちがワクワクしてしまうくらい楽しそうで活き活きしている人が多いと感じている。単に自分が研究者に向いているから、アカデミアのほうに魅力的な人が多くいるように見えるバイアスなのかもしれない。けれど少なくとも自分にとって、「5年後、10年後、20年後にこうなりたい」と思えるような人物は、会社にはほとんどいなかったけど、アカデミアでは何人も頭に思い浮かぶ。「ロールモデルがいるかどうか」は、自分のモチベーションだけではなく、キャリアにも大きな影響を及ぼす。なので進路に迷っている人は、

「将来こんな風になりたい」と思う人物がどんな人で、どこにいる(いそうな)人なのか

ということを考えてみるのも良いと思う。今身近にそういう人がいるのなら、それはとても恵まれたことで、環境を変えるべきではないのかもしれない。

博士課程進学は敬遠されすぎなのではないか

長々書いてきたけど、言いたいことはこれだ。優秀な修士課程の学生から「就職することにしました!」という話を聞くたびに「まぁそうだよね、頑張ってね」と声をかけると同時に、

これだけ研究が好きそうで向いてそうな人が研究の道に進まないのだとしたら、一体この先この業界は誰が支えていくのだろうか

ということも考えてしまい、複雑な気持ちになる。確かに博士課程進学には多くのリスクがあって、得られる情報が限られている中で考えが就活に傾くのは仕方がない。自分自身も一度そうやって就職していて、そのことは否定できないしするつもりもない。一方で先述したように、博士課程に戻ってきてみて、ここでしか得られない経験や興奮、納得感があるのも事実だと感じている。そんな中、リスクを強調する情報ばかりが偏って流れることで、必要以上に博士課程進学が敬遠されているのではないか?そしてそのことで、研究に適性がある人までもが就活を選び、本人にとっても社会にとっても不幸で勿体ないケースが増えているのではないだろうか?個人的な感覚であり、データは無い。だけど、そう感じてしまうことが多い。だから、無責任だけどあえて

研究が好きで向いているという自覚があるなら、そんなにビビらずに博士課程に行けばいいのでは?

という事を言ってみたい。「何かをとことん追究したい」という執念やこだわりは貴重な感情であり、できるだけ無駄にしないでほしいと思うからだ。

 もちろん、研究者としてやっていくためには適性とやる気だけではなく、能力や運も伴っていなければならない。だけど先に書いたように、修士課程の段階で自分に能力や運があるのかなんて分からない。であれば「研究が好きだし向いていると思っている」というだけで、博士課程の学生としての要件は必要十分に満たしているのではないだろうか。むしろ重要なのは、進学すると決めたら、そこから超本気で研究に打ち込んでみることだ。超本気を出してやってみることで、面白い成果が出て研究でやっていける自信が生まれてくるか、自分は論文を出し続けて競争に勝ち抜いていくだけの能力や運に恵まれなかったのかが見えてくる。後者であった場合でも、博士卒で民間企業の研究職に就職することだって普通に可能だし、超本気で研究に打ち込んで培った文章作成能力・情報収集能力・思考力・英語力をもってすれば、この世のどこにも仕事が無いなんてことはまず無いだろう。そんなに深刻に心配することではないのではないだろうか。

 ・・・書いていて、我ながら無責任だと思う。ここまで言ったところで、冒頭に書いた金銭的な不安や、ポストの不安定さに対する不安は何も解決していない。そもそも僕自身、一度就職を選んでいるうえに、まだ将来どうなるか全然分からない立場だ。残念ながら、あくまで個人の感想で「こういう考え方もあるというくらいでご参考に」ということ以上は言えない。

就活する人たちへ

それでも悩んだ末に出た結論は「就活」かもしれない。なので最後に、僕がこれから就活を始めようとする修士の学生に言いたい、数々の説教臭い経験談から厳選した以下の3点をお伝えしたい。

1. 最後まで研究を楽しむ

就活はとても忙しい。正直、研究と就活を両立させるのは不可能だと思うし、一生がかかっている就活のほうに注力するのも当然だ。一方で上述したように、研究には研究にしかない魅力があり、それは就職してしまえばなかなか無い経験であるということも事実だ。結果が出て研究が楽しくなってくるのも、往々にして内定が出た後だったりする(自分もそうだった)。なのでせっかくやるなら、出来るだけ本気で打ち込んでみて、楽しんでほしい。そこで得た経験やスキル、特に文章作成能力は、どこに行っても、どれだけあっても必ず役に立つ。「そこまでやらなくても良かったのに」と言われるような、自分のこだわりが詰まった成果を出せるチャンスは、就職してしまえばそうそう無い。少しでもこだわりの詰まった論文に仕上げて、それに満足してほしいと思う。

2. 「何をやるか」よりも「誰とやるか」

 先のロールモデルの話にも関連するけれど、モチベーションや満足度に影響を及ぼすのは、「何をやるか」よりも「誰とやるか」のほうが圧倒的に大きいと思っている。研究室選びでも就職先選びでも「何をやるか」の方に目が行きがちだけれど、往々にして「やりたいこと」は単なる自分の思い込みで、時間が経てば変わってしまったりするものだ。なので、就活をするにあたっても「この人たちと毎日一緒に働けるか?」という目で色んな会社を眺めるほうが、良い選択が出来ると思う。説明会に行って「この人たちとは合わないな」と感じた会社は早期に候補から外しても構わないと思うし、最後に複数の会社から内定をもらって悩むようなことがあれば、面倒でも両方の社員とじっくり話をさせてもらって決めてほしいと思う。

3. 入社直後に持った違和感は書き留めておく

入社してこれまでと全く違う環境で働き始める事で、たくさんの気づきがあると思う。感心することもあれば、違和感を持つこともある。その違和感は入社した直後にしか味わえない貴重な感情で、時間が経つうちにどんどん忘れていく。慣れてしまって自然に忘れてしまうものもあれば、本当は気になって仕方がないのだけど気にしてたら仕事にならないのでわざと気にしないようにしているうちに忘れてしまうものもある。だから、忘れないように何かに書き留めておいてほしい。案外、自分が入社した直後の違和感は時間が経っても正しくて、的を得ていることが多いと思う。自分自身、会社を辞める時に、自分の入社直後の違和感を書き留めていたものを読み直して、「結局自分がおかしいと思っていたことは昔も今も変わってなかったのだな」ということを感じた。会社色に染まっていくうちに息苦しくなってくるかもしれないけれど、世の中は思っているよりも広くて自由で、色々やっても大丈夫だ。自分の「こだわり」を信じて大切にしてほしいし、自分が折れてしまう前に環境を変えるという選択があることを忘れないようにしてほしい。

アルプスの氷河湖もCL500-11だらけ

昨年のヨーロッパ滞在中に行った仕事の一部が論文になった。

一言で言えば、CL500-11系統の細菌がアルプスの氷河湖でも優占することを初めて報告した論文だ。CL500-11に関しては、これまでの自分の研究で、琵琶湖での時空間的な動態を明らかにしてきたほか(Okazaki et al., 2013), 日本全国の大水深湖の調査を通じてその幅広い生息域を報告してきた(Okazaki et al., 2017)。現存量では湖の深層の細菌の4分の1程度を占めることもあり、細胞サイズも大きいことから、CL500-11は大水深湖の生態系や物質循環において中心的な機能を担っていると考えられている。未だ単離株が得られていない未培養系統だけど、メタゲノムからアセンブルされたゲノム情報の分析から、すこしずつ生理的特性に関する知見が得られつつある。

 一方で、環境中のCL500-11細菌の動態に関しては未だ情報が少なく、ゲノムから得られた情報を生態と結びつけて考察するための情報が不足していた。今回研究対象としたアルプスの氷河湖でも、副産物的に登録された16S rRNA遺伝子配列の情報からCL500-11細菌の存在は示唆されていても、それを定量的な手法で追った研究は存在しなかった。

 本研究ではスイス・イタリア・オーストリアにまたがるアルプスの氷河湖7湖においてCL500-11細菌の存在をCARD-FISH法で定量したほか、2つの湖(ZurichとMaggiore)に関しては時系列サンプルを利用して時空間的な動態の追跡も行った。結果として、CL500-11は調査を行った全ての湖で優占しており、その生息域の幅広さと量的な重要性を明らかにすることができた。さらに既存のCL500-11の定量・定性情報を改めて整理し、メタゲノムや地球化学的な研究から得られている情報も加えて、CL500-11の生理・生態的な特徴に関して、今後の研究で検証すべきいくつかの仮説を提示した。ちなみに、先日出した共同研究の論文では、アメリカ・ヨーロッパ・日本のCL500-11は16Sレベルではほとんど違いが無いのだけど、ゲノムで見ると種レベルで確実に異なるという結果が出ている (Mehrshad et al., 2018)。「湖の深層にしか生息できない彼らがいつどうやって世界中の湖に分散して、どう分化してきたのか?」という系統地理的な問いも今後追究したい面白いテーマだ。

 ・・・と、それらしく論文を説明するとこうなるのだけど、言ってしまえば本研究の元データは「いろんな湖でCL500-11の数を数えただけ」のとても記載的な情報で、そこにどう付加価値を付けて論文にまとめるか、ということには結構苦心した。おそらくCL500-11に関しては自分が世界でも一番熱心に研究している人間だと思うので、こだわった論文にしたいという思いもあって、なんだかんだ情報量がどんどん増えていって、まとめるのに結構時間をつかってしまった。おかげで、論文の後半は原著論文というよりは総説に近いテイストになった。このことは論文の投稿先を選ぶ基準にもなった。最初は短くシンプルにまとめてEnvironmental Microbiology Reports に出す予定だったけど、文章が長くなってきたので別の投稿先を探すことになり、共著者からの「いろんなスタイルの論文を受け付けていて査読も早い」という勧めでFrontiers in Microbiologyに投稿することになった。結果的には、最初のレビューが戻ってくるまでに1か月半、査読に答えるのにこっちが使ったのが3週間、そのあと最終の返事がくるまでに3週間半で、比較的スムーズに掲載までこぎつけることができた。

 自分の一連の研究の中でのこの論文の位置づけとしては「サブテーマ」にはなるのだけど、このタイミングで論文を出せたことには自分にとって大きく2つ意味があったと思う。一つは、去年の2か月半のヨーロッパ滞在が単なる「海外経験」ではなく、きちんとアウトプットにつながる内容であったことを早く示したかった、というものだ。この研究は、京都大学教育研究振興財団の在外研究助成と、受け入れてくれたスイス・イタリアの共著者の協力がなくては実現しえず、きちんと成果を出して応えたいという思いが強くて、とりあえずその第一弾を出すことができたのは一安心だ。もう一つの意味として、この研究と並行で進めているメタゲノムの論文があまりにも複雑で、まとめるのに想定をはるかに超える時間がかかっていたので、比較的シンプルなこの研究の論文を書きすすめることは、自分にとって癒しだったし、自信を取り戻す意味で必要だったというのもある。実際、このままでは今年(2018年)はファーストの論文が一本も出ない危機だったので、小ネタでもなんとかここで一本出すことができてよかったと思う。ここからまた気合を入れなおして大ネタの仕上げのほうに取り掛かりたい。

支笏湖&十和田湖調査

支笏湖十和田湖の調査に行ってきた。支笏湖は昨年台風で中止になり、今年の当初の計画も地震の影響で中止になり、次は噴火でも起こるのではないかとビクビクしていたけど、天気にも恵まれて無事全サンプルを計画通りに収集して帰ることができた。

まずは新千歳に飛んで、支笏湖の調査から。水深は360m。f:id:yokazaki:20181020120147j:plain

調査は3名で実施し、自分は深水層の細菌を捕獲(主にメタゲノム用のDNAサンプルの収集)するのが目的。まず最初に水質計を下ろして水温・クロロフィル・溶存酸素等を確認。今回も電動リールを改造したウィンチが活躍した。

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朝の気温は一桁まで下がっていたけど、湖はまだ20mあたりで成層していて、表水層が15℃、深水層が4℃。国内でもトップレベルの貧栄養湖なので酸素は深層まできっちり残っていたけど、前日までの雨の影響か、表層水は思ったほど澄んでなかった。透明度の高い湖だと、外洋のようにクロロフィルのピークが躍層以深に出ることも多いのだけど、今回はピークが出ていたのが18mでかなり浅かった。

採水後は即座にホテルに水を持ち帰り濾過。ラボでの処理と違って、持ち込める機材や使えるスペース・時間が限られるので、採水量や採水深度は様々なトレードオフを考慮しながらギリギリの量で進めている。失敗はできない。

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予想通り水はスカスカで、数リットル程度の濾過では全然フィルターが詰まらない。深水層では1個のフィルターに琵琶湖で濾過する3倍の量の湖水を流しても、まだまだ余裕がありそうな感じだった。十分なDNA量が取れているのか、若干不安になる。この後の固定サンプルの計数で細菌の現存量も明らかになるけど、おそらく10万細胞/mL台前半だと思う。

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 翌日は使った機材の洗い物地獄。調査や濾過よりもこっちのほうが精神的に疲れる。使える機材やスペースが限られる中での作業なので、使い捨てるものとリサイクルするものを使い分けて効率よく次の調査に備える。

移動日には千歳川のサケ漁をみることができた。無限に捕れていて、最初は珍しいことが起こっているのではないかと思って見ていたのだけど、どうやらこの時期には一日数千匹捕れるのも普通らしい。こんな川が普通に街中にあるなんてすごい。

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そして本州へ。機材があまりに多いので、車ごとフェリーで津軽海峡を渡る。

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ちなみに今回の出張で一番高速なインターネットが使えたのがこの船内だった。さすがに1週間デスクワークをサボると色々と溜まるので、3時間半ネットが不自由なく使えたのはとても助かった。

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 そして十和田湖へ。水深は326m。

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朝の気温は2℃まで下がっていたけど、表水温や水温躍層の水深は支笏湖とほぼ同じ。面白かったのが、深水層の水温が5℃だったということ。十和田湖は結氷することもある2回循環湖(=冬季に表層が密度が最も大きくなる4℃を下回り、逆成層ができる)なので、深水層の水温は4℃付近になるはずだと思っていた。この湖は2重カルデラで、湖底が複雑な地形をしていて、最深部を含む水深が200mを超えるエリアが偏って存在している。これらのエリアでは2回循環にはなっていないということなのだろうと思う。同じように湖底地形が複雑な屈斜路湖でも深水層の水温が4℃を上回る現象が見られる。

途中で採水器のケーブルが切れるアクシデントがあったけど、予備のパーツで船上修理。同行メンバーの準備の良さに感動。野外調査は、限られた資源で様々なリスクを想定して計画しなければならない。

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紅葉シーズンが始まっていて、平日でも人がたくさんいた。釣り竿で採水器を垂らしているのが珍しいのか、観光船が目の前を通る。引き波がきついので止めてほしかった・・・

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こんなに良い場所まで来て、天気にも恵まれて、水だけ採って何もせずに帰るのは勿体ないので、帰り道に展望台で写真だけ撮った。今度はゆっくり観光に来たい場所。

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絶景を後にして、急いでホテルに戻り、うす暗い部屋で濾過地獄に入る。とんでもなく高い水なので、1滴も無駄にせずフィルターに流し込む。

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感覚的には支笏湖とほぼ同じ濾過量でフィルターが詰まる感じ。いずれの湖も、潤沢なDNA量が採れたとは言えない。やはり貧栄養湖の調査は難しい。もっとたくさん水をとれば良いではないか、というのはその通りなのだけど、300mの水を1回採るだけで30分はかかるし、採水量を増やせばそれだけスペース・重量増になるので、限られた資源の中でそれを行うのは簡単なことではない。天候リスクもある中、大遠征で大水深湖の調査を、限られた人員と予算で最大限にこなし、計画通りに実施できただけでも大成功だったと思う。あとはこの貴重なサンプルを無駄なくミスなく処理して最大限のデータにしなければならない。まだまだこれからが大変だし緊張するところだ。

陸水学会@岡山

岡山で開催されていた陸水学会に参加していた。今回は課題講演を企画させてもらったのだけど、その狙いとして「同じ湖を別の視点から研究している人の話を聞くチャンスを作りたい」というのがあった。湖は様々な方面から研究されていて、それぞれの分野で技術や考え方の進化が起こっているはずだけど、実はそれを共有できるチャンスはあまりない。それぞれの分野で研究が進むことで、実は新たに他の分野での問いに答えられるようになっていたり、逆に他の分野からの視点を必要としていたりするかもしれない。そして陸水学会こそ、そのような情報を共有すべき場なのではないか、ということで今回の企画に至った。

 演者にも来場者にも概ね満足してもらえていたのではないかと思うけど、こういう集会を企画するのは初めてだったので、今回どこまで成功したのかは分からない。個人的にはどの発表も気づきに満ちていたし、何よりも、自分の研究対象が全く別の視点から研究されているのを知ること自体が面白かった。研究は、面白いことが何よりだと思う。

 学会自体は3年ぶりの参加だったど、全体を通しての感想は「ああ、こんな感じだったな」という印象だ。正直言えば、微生物生態学会のような派手さはない。研究者数に対して研究対象(フィールド)があまりにも多様なので、「深い研究で世界と勝負する」というよりは、各地の基礎的・記載的な理解をしっかりと進める、というタイプの研究が手広く集まっている。もちろん、理解が進んでいる琵琶湖や霞ケ浦を中心に、最新技術を駆使した先進的な研究もあって、特に個人的には、霞ケ浦での研究をまとめて知る良い機会になった。一方の琵琶湖ではさすがに知っている研究が多かったけど、それでも自分の知らない研究がまだあることを知って、琵琶湖って本当にネタに尽きない面白くて深い研究対象だな、と感じた。

 世の中の学会の多くは技術や目的を共有する研究者の集まりなのではないかと思うけど、陸水学会は「フィールド」を共有する人たちの集まりという意味で特殊だ。陸水学会が無ければ、交流の機会がなかったであろう人が多い。今後もこの学会には様々な出会いを期待したいと思う。