yokaのblog

湖で微生物の研究してます

然別湖調査

 北海道の然別湖に調査に行ってきた。琵琶湖以外の湖で調査をするのは久しぶりで、今月後半に予定している中禅寺・猪苗代・洞爺湖調査のリハーサル的位置づけの調査でもあった。然別湖は最大水深約98m、標高810mで、自分が研究対象にしている大水深淡水湖(有酸素深水層を有する中~貧栄養の淡水湖)の中では、国内では最も寒い場所に存在する湖だ。北海道の大水深淡水湖では、これまで洞爺・支笏・屈斜路・摩周湖の微生物組成を明らかにしてきたけれど、然別湖はそれらの湖の中間に位置しており系統地理的な観点からもまだ網羅できていないエリアにあるし、完全結氷する2回循環湖という意味でもまだきちんとカバーできていないジャンルの湖だ。今回、共同研究者の調査に誘っていただき採水のチャンスを得た。

 1発目の採水から採水器のトラブルに見舞われ、調査が中断するハプニングがあり多方面に迷惑をかけてしまった。深層の水を採るための電動リールを活用したシステムがきちんと活躍してくれたのが救いだった。同行した研究者にも助けていただいて、何とか予定通りの採水をすることができた。

宿に戻ってからは濾過作業。極限までシンプル化し、大量の細菌サンプルを採集することに特化したコンパクトなシステムにした。然別湖は貧栄養湖で当日の透明度も10mを超えていたけど、思っていたよりも生物量が多かったようで、想定していたよりも早くフィルターが目詰まりしてしまった。

翌日は他の研究者の調査に同行し、船の操船を担当。船舶免許が久しぶりに活躍した。

調査の空き時間に山の方に散歩に行ってみたら、ナキウサギに遭遇する幸運にも恵まれた。

改めて、野外調査は楽しいなと思ったし、そもそも自然の中でこうやって仕事をやりたいから研究者になったんだよな、というのを思い出させてくれる出張だった。湖の調査では、海洋の調査のように装備が充実した船と熟練船員のサポートが使えるわけでは無く、遠隔地の不便な状況の中で、あらゆるものを自分達で手配し、あらゆる事態を想定した準備をしなくてはならない。今回は、自分よりもはるかに湖調査の経験がある猛者達に同行しての調査だったので、湖の状況やメンバーの要望に応じて常にスケジュールやロジスティクスを組みなおしながら進める、その準備の徹底ぶりと柔軟かつ効率な進行にとても感心した。機材の破損や不調が起こると、ドラえもんのごとくすぐに道具が出てきてバックアップ体制がとられる点や、船のエンジンの不調にすらその場にある道具と知識でなんとか対応してしまう場面もあったりして、そのサバイバル能力の高さに強い憧れを感じた。久しぶりに会う人も、初めて会う人もいたけど、地学・物理・化学・生物と分野は異なっても、全員が湖を対象にしていて、湖を愛している。初日から昼夜問わずひたすら湖の話で盛り上がって、ものすごく楽しかった。陸水研究の面白さを改めて感じたとともに、自分もこの文化を引き継ぐ一員になりたいと思った。

 人生も研究も、険しくて先が見えない「冒険」パートこそがその醍醐味だと思っている。湖調査はまさに「冒険」であり、その苦労の結晶として得られた自分だけのサンプルからは、世界で自分が初めて知ると断言できる結果が得られる。久しぶりに冒険心が満たされて満足したとともに、今回得られたサンプルの解析結果を見るのがとても楽しみだ。今月後半の調査もものすごい冒険になる予定で、とてもワクワクドキドキしている。

国際微生物生態学会(ISME18)@ローザンヌ

コロナ以降初の海外渡航で、スイス・ローザンヌで行われた国際微生物学会(ISME)に参加してきた。ロシアの戦争のせいで、行きの飛行機は北極回りで15時間もかかった。グリーンランドの氷河や流氷がたくさん見れた。

ISME自体はモントリオールライプチヒに続いて3回目の参加で、会場の雰囲気はある程度知っていたので、以前のように「とにかく色々行きまくって疲れまくる」ということはしないで、自分の興味に近い発表だけを効率よく回ることができた。というより、帰国前のコロナ検査で引っかかって帰れなくなるのが怖くてできるだけ参加を避けたというほうが正確かもしれない。特にポスターセッションは半数以上がノーマスクかつ三密が完全に揃っていて危険な雰囲気が漂っていたので、一切参加しなかった。ポスターセッションの時間にホテルで一人で食事をとる代わりに、ランチタイムの人がいない時間にポスターを見て回る、という方法で、一応ポスターは一通り目を通せはした。休憩時間に提供されるコーヒーや軽食も手を付けず、恒例の大規模パーティーももちろん参加せずで、自由に楽しめない感じが常にストレスな海外出張だった。


 救いは、今回は口頭発表で採択されたので、自分の研究を多くの人に知ってもらえたことと、その反響が思ったより大きくて、発表後に色々な人に声をかけてもらったり、共同研究に発展しそうな案件も出てきたりしたことだ。また以前書いたように、若い頃と比べて学会に参加する意義として、「情報収集」以上に「同窓会」的な側面が増してきているのは今回も感じた。特にコロナ前は毎年のように会っていたヨーロッパの共同研究者らと久しぶりに対面して、研究の打ち合わせも含めてじっくり話ができたのは、このストレスを乗り越えてでも今回無理やり海外に出てきた意味があったなと思った。それでも遅くまで飲みに付き合うということは今回は避けたので、以前のようなレベルで交流を深めることは叶わなかった。

 案の定、会場で感染してしまった人がそれなりにいたようだ。スイスは完全にコロナ前の生活に戻っていて、もはや感染するかどうかは運の問題でしかないと感じた。自分は結果的に帰ってこれたので、無理しても行って良かったなという感想だけど、結局ほとんどの食事をホテルで一人でとって過ごすことになったし、「周りは楽しんでいるのに自分だけ自由に楽しめない」というストレスが想像以上に大きかったので、海外とのコロナ対策の温度差がもっと縮まるまで、しばらく海外出張はしなくても良いかな、というのが今回の感想だ。

4年の試行錯誤とこだわりの成果

 学振ポスドクとしてやっていたメインの仕事の論文が出版された。つくばから毎月新幹線で琵琶湖に通って、船のトラブルに見舞われながらも、色々な人にサポートしてもらい、なんとか1年通しで調査をやりきった。全サンプルからDNAとRNAを一発でミスなく完璧に抽出できたのも、先進ゲノム支援に採択されてロングリードのメタゲノムに挑戦できたのも当初の予想以上だったし、何よりも、あと1年動きが遅かったらコロナに巻き込まれて研究が中断していただろうと思うと、本当に幸運に恵まれたし、完璧にきまった研究計画だったと思う。

 研究の内容はプレスリリースを出したのでそちらに譲るとして、改めて振り返ると、構想からは5年、研究を始めてからは4年と、かなりの時間を費やした研究になった。調査を始めたのが学位を取得してポスドクになった直後の2018年5月、1年のサンプルを採り終わったのが2019年の4月で、2019年11月までDNA/RNA同時抽出方法の開発で試行錯誤し(これは別論文としてまとめる予定)、得られたDNAをロングリードとショートリード解析に回して、シーケンスデータが出そろったのが2020年の8月。そこからロングリードのアセンブリとゲノム構築を進めるのだけど、初めて扱うロングリードメタゲノムで色々と試行錯誤を繰り返しつつ、京大への異動のバタバタもあって、ゲノム構築まで済んだのが2021年の3月、さらに詳細な解析に踏み込んで論文の骨子が固まったのが2021年の10月頃、その後冬休みに一気に論文を書き進めて、形になったのが2022年2月頃、そこから清書して、共著者とのやり取りも踏まえて最終版を投稿したのが2022年3月になる。

 こうやって列挙すると、それぞれのステップにかなりの時間がかかってしまっているけど、今振り返っても、これ以上のスピードで進めるのは難しかったなというくらいに頑張ってこれだった。特にポスドクから教員になってからは集中できる時間をまとまってとるのが難しくなって、アウトプットが滞っている現状に休日が楽しめなくなるくらい精神的に追い込まれていた。実際、今回の論文のほとんどが、休日や長期休暇を捧げて捻出した時間に一気に集中して書き進めた内容でできている。ので、頑張ったといえるし、これ以上の速度で進める(これ以上の犠牲を払う)のは無理だったと思う。で、ようやく1本出してみたけど、相変わらず「大学の先生はいつどうやって論文を書くものなのか」への答えは分からない。教員の仕事にも慣れてきて色々と見通しがつくようになってきたので、そのうち持続的な方法が見つかると信じたい。

 論文の投稿プロセスは、「自信作だったのになかなか読んでもらえず、やっと読んでもらえたと思ったらあっさり通った」という点で、前々作とほとんど同じ流れだった。まずは前々作同様、PNASに投稿。さすがに今回は査読には回るんじゃないかなー、くらいの自信だった。で、投稿してから1か月弱音沙汰がなかったので、てっきり査読に回ったと思って安心していたら、突然のエディターリジェクト。何がどこまで進んでいたのか全く分からないけど、毎度のことながら、お祈りメールはまともに読んでくれた形跡がない定型文。で、前回同様、固いと思っていたISMEJにもエディターリジェクトされ、Molecular Biology and Evolutionも、mBioも、読んですらもらえずリジェクト。で、どんどん自信が無くなって、「もうどこでもいいからとにかく一度読んでくれよ。読んだら分かるから」という気持ちでmBioからmSystemsにtransferしたら、ようやく査読に回してもらえることに。で、1か月ちょいで返ってきた査読コメントは前々回同様に絶賛系で"I really enjoyed reading this manuscript. It is well-written and clear..."という感じで、あとはちょっとだけ手直ししたらエディター判断で即日アクセプト。前々回同様、まともに読んでもらえるまでが長く、まともに読んでもらえさえすれば価値を分かってもらえる、という経験をした。

 これまでの自分の主著論文はほぼ全て、査読に回ってからはマイナーリビジョンですんなりアクセプトされていて、査読後にリジェクトされたことは一度もない。自分が書く論文は、文章構成も内容も図も時間をかけてしっかり煮詰めてから外に出している自負がある。それは、自分が査読者として他人の論文を読んでいても感じることで、自分の論文の原稿のクオリティは、査読に回る平均的な原稿のクオリティよりは高いだろうと自分では思っている。それが単なる自分の思い込みではないということを、実際に「読んでもらえさえすれば必ず評価される」という経験を何度もすることで実感できていて、自信になっている。

 なので自分にとっては論文は「エディターさえ通ればアクセプトされるもの」になっている。そして、前回の論文の記事でも書いた通り、エディターをパスできるかどうかは相性や運の要素が大きくて、自分の中の論文の評価と全く一致していないと感じている。自分は格の高い雑誌に掲載したいという執念はそんなにないので、別にそれでもよいのだけど、雑誌の格がまだ重要な意味を持っている中で、運や相性の要素がかなり大きいように感じられるのは理不尽だなとも思う。

 一方で、エディターをパスできる確率を高める努力の余地もまだあるのだろうと思う。だけど、それは自分のやりたいことではないとも思う。端的に言えば、「枝葉は捨ててワンメッセージに絞る」「個別具体的感を出さず、一般性の高さをアピる」といったことをすれば、エディター受けは良くなるだろう。例えば、今回の論文のタイトル「Long-Read-Resolved, Ecosystem-Wide Exploration of Nucleotide and Structural Microdiversity of Lake Bacterioplankton Genomes」についても「Viral infection is the major driver of bacterial genome microdiversification in the environment」みたいなタイトルにして、ウイルス要因に絞り込んで深い解析をする方向でも論文は書けただろうし、その方がエディター受けも良かっただろうと思う。それに"lake"という言葉は一気に研究対象を狭めるので、それだけで一気に読者を失いかねない、ある意味NGワードだと思う。でも自分は、琵琶湖に通い詰めて網羅的に調査や解析を行ったその全体像を示したかったし、湖を起点に微生物生態学の研究を展開していくというビジョンにこだわりがあったので、不利になることは承知で、自分がやったことに正直な書き方をすることにした。この辺は自分の不器用なところと言えばそれまでだけど、「別にエディターや雑誌のために論文を書いているわけではないぞ」というプライドもあっての判断なので、それを踏まえて、一応関係者が一通り目を通すであろうレベルの雑誌には載せられたので、あとは引用数で評価してほしいなという感想だ。

 先にも書いた通り、今回の研究ではサンプルからDNAとRNAを同時抽出していて、今回はDNAだけの結果の論文だ。試行錯誤したRNAもこれまた完璧なシーケンスデータが得られていて、これの解析と論文にも(また相当時間がかかりそうだけど)今後着手していく予定だ。今回の研究のキーワードである「高解像度」は、微生物生態学の今後のキーワードでもあるし、自分の研究の今後のキーワードでもあり、武器になりそうな気がしている。高解像度な手法を使うことで、色々と明らかになったこと以上に、面白い課題がたくさん炙り出されてきた。ちょうどこの研究のサンプリングを始めた4年前、

今は登り始めた目の前の道を登るしかない状況になっていて苦しいけど、この山を登り切って一段落着けば、データも知識もスキルも一通り揃って、かなり自由に周りを見渡せるようになっているはずだ。そうしたら、次は安易に目の前の山を登らず、じっくり時間をかけて、「本当に知りたいこと」「一番面白いと思う事」を見つけ出して、無限にある山から、本当に登るべき山を選ぶ作業をやりたい。

というようなことを書いていたけど、4年経って、少しずつその境地に近づいてきたと言えるようになった気がする。

話をしないと現実は見えない

 コロナで失われていた、対面でダラダラおしゃべりできる時間が戻ってきつつある。仕事のオンライン化で移動や会議が短くなったのは良いことだけど、その裏で失われたものも実は結構あって、それが何なのか、これから元の生活に戻っていく中で、徐々に実感することになるはずだ。

 そんな「失われたもの」の中で大きなものの一つが、「ネットに書けない情報の存在を知る機会」ではないかと思う。この世には「思っていてもネットには書けない」ことがたくさんある。というより、書けないことがほとんどだ。しかも、ネット上の情報にはバイアスがかかっている。語りたい人の意見が、語る必要のない人の意見よりもはるかに多く流れてくる。失敗よりも自慢が載りやすく、満足よりも不満が載りやすい。ネットに流れている情報一つ一つは事実であったとしても、そこから現実は見えない。現実の主成分は「ネットに書かれていないこと」だからだ。

 コロナ生活で、見聞きする情報のうちネット経由が占める割合が増えた。しかも、世界がオンライン化してどんどん便利に速くなっていく中で、人に会いに行く時間やダラダラ話す時間を非効率で無駄なものだと排除する傾向が強まっているように思う。自分自身、以前と比べて移動や会話が面倒に感じてしまったり、人の話に興味を持って会話を盛り上げる意欲が以前より薄くなってしまったりしているところがある。

 だけど今、少しずつ他人とダラダラおしゃべりする機会が戻ってきて、この世にはオンラインでは得られない情報や経験がたくさんあることに、改めて気づかされている。ダラダラと長話をする中で、互いにまとまりのない未熟な意見の開陳が始まり、それに対して率直な反応を出し合う過程で、「やっぱり同じように感じていたのか」という安心感があったり、「あまり共感してもらえないな」という意外感があったり、「そんな考え方もあるのか!」という発見があったりする。調子に乗って「言い過ぎて失敗した」と思うこともあったりするけど、その時の空気の緊張感や、それを乗り越えて学ぶことも、ダラダラおしゃべりでなければ得難い経験だ。会話の内容だけでなく、他人とお互いに時間と空間と話題を共有するという体験そのものも、現実を成し、人生を成していると思う。

 コロナ生活が2年を超えて、元の世界が想像できなくなるほど長い時間が経ってしまった。変わって良かったこともあるけど、努力して元に戻していかなければならないものもある。現地に足を運び、人に会って、「ネットに書けないこと」を直接見聞きしない限り、現実は見えないことは忘れてはいけない。

博士課程は最低年収よりも最高年収を上げるべき

 日本で博士課程に進学する人がどんどん減っていてマズいということで、博士課程学生の生活を金銭的にサポートする制度が増えてきて、良いことだと思う。自分が学生の頃は、博士課程で給料をもらおうと思ったら学振特別研究員ほぼ一択だった。それも採択率20%程度で、もし通らなければ無給なうえに授業料も払わなければならず、奨学金という名の借金を膨らませながら研究生活を送るしかない。貧すれば鈍するで、お金の余裕の無さは心の余裕の無さに直結する。金銭的問題が博士課程進学をためらう大きな理由になっていることは間違いなくて、その声がようやく政策に反映されて状況が変わりつつあるのは明るいニュースだ。

 一方で個人的意見として、この政策が博士課程進学を迷う優秀な学生を引き止める効果はそんなにないと思っている。なぜなら貰える金額が、一般的な民間企業や公的機関に就職した場合の給与に対して比較にならないほど低いままだからだ。新制度によるサポートはいずれも、学振特別研究員と同等かそれを下回る金額だ。つまり、サポートを受けられる人数は増えたものの、「どんなに頑張っても『年収240万円 - 授業料 & 社会保険なし』が頂点である」という状況には変わりがない。東京で一人暮らしだと、ギリギリの生活だ。博士課程でも活躍間違いなしの優秀な学生が民間企業に行けば、その2~3倍はすぐに貰えるようになる。それとの比較に耐えうるレベルの待遇を用意できなければ、優秀な人たちが去っていくのを止めることはできないだろう。

 もちろん原資は税金であり、大学の研究は民間企業と違って利益を上げているわけではないので、同レベルの待遇は現実的に不可能だ。なので「とにかくお金が大事」という考えの人はそもそも博士課程進学には向いていないと思う。一方で、自分が追究したい学問に打ち込めるのならば、待遇のことは多少差し引いて考えても良いという気持ちの人も多いはずだ。ただ今の博士課程への待遇は、本当に研究が好きで向いている人であってもなお、そこを割り切ることができないほどに悪い。

 「では来年から博士課程学生の待遇を改善して、最低年収400万円にしましょう」となればすぐにでも問題は解決するだろうけど、あらゆるものが縮小・衰退しつつある国の現状で、そのような状況はまず起こりそうにない。限られた財源のなかで最低年収が設定されたとすれば、採用人数が激減して、悪名高い「選択と集中」路線をとるしかない。急成長期であり、ポテンシャルの塊である博士課程学生への投資にあたっては、広く浅くの方針で裾野は広くしておくべきだ。

 じゃあ限られた財源の中でどのような打ち手があるのか。自分が効果的だと思うのは、最低年収ではなく、最高年収を引き上げることだ。つまり、広げる予定だった裾野をほんの少しだけ削って、それをごく一部に集中的に投資する。例えば1人の採用枠を削ってその分を1人に追加で与えることで、これまでの2倍の年収480万円の採用枠を作ることができる。採択率は1%、つまり学振特別研究員20人に1人とかでもよいと思う。重要なのは、このような枠が存在するという事実自体、つまり「どんなに頑張っても年収240万円がMAX」という状況を無くすことだからだ。たとえ可能性が低くても、「頑張れば高く評価してもらえる可能性がある」かどうかで、気の持ちようは全然違う。1%の採択率に可能性を感じてチャレンジするのが上位10%くらいに位置する学生だとすれば、博士課程でも民間企業でも活躍間違いなしの優秀な学生を抜群の費用対効果で引き止めることができるのではないだろうか。

 類似のやり方は、ポスドクの特別研究員(PD)ではすでにSPDやCPDのような形で存在していて、これらはとても良い制度だと思っている。同じことを博士課程学生相手にやることは、政策としてもすでに検討されているに違いないので、未だに採用されていないということは、何か弊害が考えられるということなのだろうか。裾野を広げるのは良いことだけど、「どんなに頑張っても240万」のまま裾野をこれ以上広げても期待されているような効果はないだろうと感じているので、是非前向きに検討して欲しい。

申請書に壮大なストーリーは要らない

 科研費若手に内定をいただいた。今年の申請書は、落ちてしまった昨年の申請書と比べると、3割くらいの時間で書いた、ある意味手抜きの申請書だ。

 手抜きをしたのは、単にポスドク時代よりも忙しくなって申請書に割ける時間が無くなったこともあるけど、それ以上に、昨年ダメだった理由を考えた結果「大きなことをやろうとしすぎた」のが原因だったという結論に至ったからだ。難しいことは考えず、極限までシンプルにして、極限まで分かりやすくする。それだけで良かったのではないか。研究のスケールを追究して複雑になるよりも、単刀直入に1つの分かりやすい問題に取り組む。そういう内容の方が評価されるのではないか。この方針に切り替えてから、立て続けに申請書が2本採択され、さらに今回科研費も採択され、その考えを確信するに至っている。

 具体的には、昨年の申請書は、大きな問題を細かく漏れなく切り分けて、切り分けられた各課題をさらに複数の仮説に切り分けて、その検証を積み上げながらゴールを目指すような内容だった。一方で今年の申請書は、最初から小さな具体的な問題にフォーカスして、そこに一本道で迫っていくような内容で書いた。そして、後者の方が採択された。

 つまり、複雑で緻密で壮大なストーリーを頑張って考えて制限文字数に収める努力や時間は必要なかったということだ。むしろ努力を払うべきは、いかに話を極限までシンプルに分かりやすくするか、という点だ。もちろん話をシンプルにするのも簡単ではなく、「解決すべき課題は何なのか、そこにどうアプローチすべきか」が完璧に整理しきれていないとできない。でもそれは、普段から勉強して研究していれば、自然に整理されてくるものだと思う。今年の申請書も、普段からずっとやりたいと思っていたことを思っていた通りに書いたので、あまり時間をかけないでシンプル化することができた。

 当然、研究費の助成対象や規模によっては当てはまらない場合もあると思う。けど、科研費若手の規模であれば、壮大なストーリーは心の中にとどめておくべきもので、申請書に書くべきものではない、というのが今の結論だ。

休日にやりたすぎる仕事も問題である

 「休日にもやりたいと思えるくらい好きなことを仕事にしたい」というのが、自分が会社員を辞めた大きな理由の一つだった。研究者になって、今は正真正銘、休日にもやりたいと思える楽しい仕事をしている。毎日が休日といっても良いくらい、本当にやりたい事しかやってない。これはとても楽しいし、幸せなことだ。

 一方で休日と平日の区別が薄くなったことで、休むためにはカレンダーの日付の色ではなく、自分の心の中での線引きが必要になった。自分はもともと多趣味人間なので、「休日にやりたい趣味が多いと『やりたいけどできないこと』が増えて不幸になるので、趣味を減らしていく努力をしなければならない」ということに以前は悩んだりしていた

 趣味も人生の大事な一部だと考えていたので、「趣味のリストラ」はなかなか受け入れがたい、長くて苦しい課題になるだろうなと思っていた。ところが、良いことなのか悪いことなのか(自分は悪いことだと信じている)自分でも想像していなかった方向でこの課題は解消されてしまっている。端的に言えば「休みの日に仕事がしたい」が行き過ぎて、それと戦っていたはずの「休みの日に(一人で)遊びたい」という感情がほとんど無くなってしまった。家族がいるので昔と違って休日に一人になれる時間があまり無いというのはもちろん大きい。一方で、一人の時間が貴重だからこそ、その時間は思いきり趣味に投じたいという気持ちになると思っていた。だけど今は、休日に手に入った自分の時間は、体力維持のための運動を除けば、すべてを論文書きに投じている。趣味に時間を使いたいという気持ちは今はほとんどない。

 かつて熱中していた趣味にこれだけあっさり興味がなくなってしまうのは寂しいことだけど、ここまでなら、自分一人の問題なのでまだ良い。良くないと思っているのが、休日を休日として過ごしている時間は全て論文を書く時間を削って捻出しているという感覚になってしまっていることだ。家族と過ごしている時間も、「割に合うように」できるだけ有意義に過ごしたいと考えてしまい、段取りが悪いことが起こるとイライラしてしまうことがある。これは明らかに不健康な状況だ。

 幸いにも原因は大体わかっていて、今ほどの状況はいつまでも続くものではないと考えている。論文を1年以上投稿できてないこと、その後ろに控えている論文にできてないデータが過去最高に溜まっていることに加え、年度末を控えて論文以外の仕事も忙しくなっていること、そんな中でも比較的自分自身の仕事に充てられる時間が貰えたにも関わらず思ったように進められなかったことが重なって、とにかく心が焦っていることが理由だ。そもそもこうやって時間の無さを言い訳にし、休日も犠牲にしながら、事実として進んでいないこと自体が、自分の無能さと効率の悪さを露呈しており、余計にイライラしてしまう。

 最近、昔ほどブログを書かなくなった理由として、忙しくなったこと以上に、「ブログは自分の心に説明がつかないときに説明をつけるために書くもの」であり、経験値が溜まって「ブログにしなくても頭の中で説明がついて消化できてしまう」ことが比較的増えたことが大きかった。ところが最近、うまく説明できない心の変動が多く、続けて更新してしまった。書いてみてわかったことは、焦りが原因であり、ひとまず論文を書き上げれば心が落ち着くだろう、ということだ。もう少し時間をかけないと終わらなさそうだけど、ゆっくりと趣味に時間を投じられる日を楽しみに頑張りたい。