yokaのblog

湖で微生物の研究してます

然別湖 結氷期調査

 昨夏に調査した然別湖に再び調査に行ってきた。日本でも数少ない、大水深でありながら完全結氷し、逆列成層が見られる湖で、これまで調査してきた多くの湖と異なり、循環期が極めて短く年に2回あるという特徴がある。そのため、他の湖で見られるような、水の循環をきっかけにした微生物組成の「リセット」が起こりにくい環境なのではないかと考えている。この仮説を検証し、雪と氷に閉ざされた湖には一体どのような微生物が生息するのかを明らかにすべく、とかち鹿追ジオパークの協力を得て、他の研究者らの調査に同行させてもらう形で参加した。

 凍った湖の上での調査も、氷点下での調査も初めてで、できるだけの準備はしながらも、どんな想定外が起こりえるのか想像もつかず、ワクワクドキドキの調査だった。特に、手足が凍えて動かなくなる事態や、機材が凍って使えなくなる事態が怖かったので、できる限りの想像力を働かせて準備した。正解だった/失敗だった点としては、

  • ボールペンやマーカーは凍りそうだったので、ラベルや野帳への記入用にシャーペンを準備した 
    ⇒正解だった。ボールペンはすぐ凍ってインクが出なくなった。マーカーは低温だとなかなか乾かないという問題もあった
  • 電動採水システムは低温でバッテリーが動かなくなったり、可動部やラインが凍ってトラブルになる気がしたので、ロープ手上げでの採水を選んだ 
    ⇒正解だった。ロープでも陸に上げたそばから凍って、普段なら起こらないような絡み方をして苦労した。リールに細いラインのシステムだと使い物にならなかったと思う。そもそも氷上では、風に流されて動く船での調査と違って、軽い重りでも真っすぐ採水器を降ろせることや、足場が船よりも安定していることもあって、手上げでの負担は船とは比べ物にならないほど小さく、水深100m程度であれば電動採水システムは不要であった。
  • 手足の凍えだけは絶対に起こさないよう、手袋・靴下・長靴は複数パターン準備した
    ⇒正解だった。とくに手袋は、作業ごとに細かく切り替えてできるだけ濡らさないようにして、もし濡れてしまっても交換が効くようにしていたおかげで、恐れていた「手が冷たくて作業できない」という事態には至らなかった。
  • 調査中の食事は凍ってしまわないようにチョコレートでのカロリー補給のみで我慢した 
    ⇒半分失敗だった。調査が結構長丁場かつ体力的にタフで、朝から昼過ぎまでチョコだけで過ごすのは結構しんどく後半はフラフラになっていた。塩分のとれるポテチや柿ピー的なお菓子も持っていけば良かったと思った。また、トイレに行かなくて済むように水分をほぼ取らない戦略をとったけど、魔法瓶に暖かい甘いコーヒーを入れて持って行っていたらかなり幸福度が上がっていただろうなと思った。
  • クーラーボックスに、いつも使っている保冷剤も一緒に入れて持って行った
    ⇒失敗だった。むしろサンプルが凍らないように、カイロや温水の入ったボトルをクーラーボックスに入れる状況で、保冷材は単なる重りと化してしまった。
  • 凍ってはいけない機材を通常の宅急便で送った
    ⇒失敗だった。冬の北海道では常温便が氷点下になってしまうので、凍らせないために冷蔵便をつかわなければならない。特に今回は荷物をヤマトの営業所止めにしていて、そこの倉庫で一晩おいている間に凍ってしまうと思ったので、営業所に連絡して、暖かい場所に移してもらう特別対応をさせてしまうことになった。

夏の調査では機材や採った水を持って、高低差のある湖畔と駐車場を往復するのが結構大変だったのだけど、今回はスノーモービル+スノーボートで車から湖心まで全て運んでもらえたので、この点は夏よりもだいぶ楽だった。

湖心についたら穴をあけて採水器を降ろす。この採水器は新たに購入したMy採水器で、今回がデビュー戦になった。先に書いたように、400gくらいの重りで真っすぐ降りてくれるので、上げ下ろしは船と比べてものすごく楽だった。

氷の下は極寒暗闇の水深100mの世界(多少は雪を通過して光が届いているのかもしれないけど)。穴を見ているだけで怖くなる。絶対に落ちたくないし何も落としたくない。

こんな感じで、採水器も漏斗もウェアも、水が付くなりみるみる凍っていく。表面の湖水もほぼ0℃なので、一度凍ってしまうと、なかなか溶かす手段がない。漏斗は予備を持って行っておいて助かった。厄介なのがロープで、普段は引っ張れば戻るようなちょっとしたネジレやループがそのまま固まってもつれの原因になってしまうので、引き上げたロープをできるだけ凍らせないように、別の場所に掘った穴から湧き出ている水につけながら作業していた。

夏に船を浮かべていたのとまったく同じ場所に、テントを張って作業している。とても不思議な気分だ。

調査を終えて、暖かいホテルの部屋に戻って一息つきたいところだけど、むしろここからが大変な濾過。今回は調査に時間がかかってしまったこともあり、フラフラになりながら日付が変わるころまで頑張った。

面白かったのが湖底直上の水で、採る水深が1m違うだけで、透明だった水がこのような茶色い水に様変わりする。ここは湖底からの温泉成分の流入があって、湖底付近だけ水温が少し高い。温泉水の比重が高いために上の水と混ざり合うことがなくて、水は鉄と硫黄が混ざった嫌気っぽい匂いがした。ここにどのような微生物がいるのか気になるところだけど、無機粒子が多すぎてこの水はほとんど濾過できなかったので、十分なDNA量がとれるかは分からない。

で、2日目がさらに過酷だった。この日は湖の別の地点の調査だったのだけど、悪天候のうえに、ふわふわの雪が深く積もっていて、おまけに雪の下の方は、氷の上に染み出した水でシャーベット状になっていて、長靴で歩くと沼のようにシャーベット層に足が埋まって動けなくなってしまう有様だった。スノーモービルが使えない状況だったので、スノーシューを履いて、ソリに機材を載せて、それを曳いて、雪の中ひたすら湖上を歩き続ける修行のような調査だった。前日の深夜までの濾過で疲労がたまっていたこともあり、久しぶりに体力の限界まで追い込まれた。でも、この瞬間が、一番今回の調査で楽しい瞬間でもあった。あまりに非日常な景色と状況と、容赦ない自然の中で、体を限界まで使って、機材の準備やロジの手配に費やしたここまでの工夫と努力を結集させて、紛れもない世界初のサンプルを採る。これを達成したときの達成感と満足感は何にも代えがたいものがあった。

 改めて、フィールド調査は自分が好きな要素が詰まっているなと思うし、「これがやりたかったから研究者になったのだ、これが本当に自分がやりたかった仕事だ」と心の底から思うことができた。正直、今回の調査は想定外の事態が起こって予定通りに進まない可能性がかなりあると思っていたので、ほぼ計画通りに調査を終えられたことについて、天候や運に恵まれたことに感謝するとともに、理想とする「現場力の高い研究者」にまた少し近づけたかなという自信が得られた経験になった。