yokaのblog

湖で微生物の研究してます

研究がとても楽しい

 若いころに比べると、自分の思考や感情をあまり表に出さないようになってきた。理由は大きく二つある。一つは、歳をとって色々な経験を経て、「考えたことがあること」や「感じたことがあること」が増えたことで、「わざわざ外に発信しなくても、自分の中で消化できる思考や感情が増えた」という理由だ。経験が浅くて自分の中で消化しきれない思考や感情があったときは、それを言語化して外に出すことで、自分の頭を整理して、納得いく説明をつけるという効果があった。だけど最近は外に出す前に自分の頭の中で説明がついて納得がいってしまう。「思想が成熟して落ち着いた」ともいえるけど、「刺激や感情の起伏が少なくなってつまらなくなった」ということもできる。もしかすると、こう考えていること自体、自分の脳が老化して感受性を失ってしまっていることに、後付けで納得いく説明をつけてごまかしているだけかもしれない。いずれにしても、歳をとって「人生で経験しうる思考や感情の多くに慣れてしまった感」があって、「これは別に外に出さなくてもいいか」で済ませてしまえることが多くなった。

 もう一つの理由は、世の中には本当に色んな背景・考え方の人がいるということを知ったことだ。歳をとって、より多様な人のことを見聞きし、知っていく中で、

自分がかなりの確度で正しいと確信していることや、相当の自信をもって正義だと言い切れることに対しても、真っ向から反対の考えを持っている人が、見えていないところに普通にたくさんいるかもしれない

ということを常に意識するようになった。また、何かを言うとしてもその「言い方」がとても大事だということも、様々な経験から痛感するようになった。自分にとっては同じような趣旨の発言でも、言い方を少し変えるだけで印象は大きく変わり、不要に人を傷つけたり不快にしたりできてしまう。そういう苦い経験も重ねながら、自分の社会的な責任も高まっていく中で、若いころよりも、色々な立場の人が様々な捉え方をする可能性を想像しながら慎重に発言をするようになったし、想像できないものがありそうなときは、発言しないでおく、という手段をとるようになった。

 さて前置きが長くなったけど、こういう考えを背景に、自分が大きな声で言いにくくなってしまっていることがある。それは、「今の仕事、研究がとても楽しい」ということだ。なぜこれが言いにくいかというと、社会には

好きな研究をやって税金で食わしてもらっているなんてずるい

という意見を持つ人がたくさんいるということを知っているからだ。アカデミアにいると「基礎研究をもっと大切にしよう、そのためにはもっと待遇や研究費を上げないとダメだ」という意見が大多数で当たり前かのように感じてしまうし、自分自身も、基礎研究に税金を使う必要性を問われたときの自分なりの答えは準備している。一方で、自分自身もかつて会社員としてビジネスの世界で「お客さんからお金を頂くために働くこと」がどれだけ大変なのかを経験してきたので、「税金で好きなことをやって自分で稼いでもないやつが贅沢を言うな」と考える人の気持ちは理解できる。

 なので自分の仕事が楽しいということを、特に同業者以外の人がいる可能性のある場では、あまり表に出さないようにしている。だけど、いよいよ大学教員に就いて、1か月が経って、色々と仕事が本格稼働し始めた今、20周くらい回って改めて感じるのは、「やっぱり研究ってめちゃくちゃ楽しい!」ということだ。本当に会社を辞めてこの道に進んでよかったと思うし、この仕事が自分に向いていると思う。正直に、毎日やりたいことしかしていない。もちろん、短期的にみるとやりたくない仕事もあるけれど、それらも長期的には「これからもやりたいことができる環境を維持するために必要な仕事」として自分の中で説明がつけられる「広義のやりたいこと」として、自分の中で消化しきれている(ものが幸いにも今のところほとんどだ)。この仕事で給料を頂いて生活ができているのはとんでもなく恵まれていて、夢のようなことだと思う。

 考えや感情を表に出さないようになってきた、と言いながら、なぜこんなことをわざわざここに書いているのか。それは、自分が「研究を楽しんでいる」というのを伝えることで、安心してくれる人達がいると思ったからだ。一つは、自分がここに至るまでの幸運と環境を提供してくれた、これまでにお世話になった人達だ。おかげで自分はとても楽しい人生を送っているし、そのことに感謝しているということを伝えたい。もう一つは、今後研究の世界を志そうとしている後輩にあたる人達だ。自分自身もそうだったけれど、「先輩が楽しそうにしているかどうか」は、進路選択の大きな決め手で、真剣に見られていると思う。自分は普段あまりこういう話をしないので、もしかすると、目先の仕事に追われて忙しく辛い毎日を過ごしているように見られているかもしれない。だけど実際はそんなことは全くなくて、毎日楽しくて仕方がない。忙しいといっても全てやりたいことなので、「やりたいことが無限にあってやるだけ進む状態」で楽しくて充実している。アカデミアの厳しい現状の中で運と環境に恵まれただけの人間による生存バイアスだと言われればそれまでだけど、少なくともこの気持ちは偽りのない本音だということは伝えておきたい。