yokaのblog

湖で微生物の研究してます

離れた湖にいる細菌同士はやっぱり違う

学生時代に手を付けていた最後の仕事がようやくpublishされた。

当時調子に乗って広げまくった風呂敷を畳むのに、結局3年弱を費やしてしまったけど、何とか形にできてよかった。これで本当の意味で、博士課程でやっていた研究は完了したといえる。また本研究はスイス・イタリアで採集したサンプルを活用した成果として、CL500-11優占論文に続いて2本目になる。2か月半のヨーロッパ滞在の成果としてはこれで十分な結果が残せたんじゃないかと思う。

論文の内容を一言でいえば、

ロングリードシーケンサーを使った高解像度・高感度なアンプリコンシーケンスによって、湖の細菌の微小な遺伝的多様性(microdiversiry)の存在を湖間・季節間比較から明らかにした

というものだ。湖は互いに物理的に隔離されているにも関わらず、世界中で共通して優占する細菌系統が存在する。ただし、ここでいう「系統」は、保存性の極めて高い16S rRNA遺伝子の一部の領域を対象とした、限られた系統解像度の解析で得た結果に基づいている。系統解像度をより高めていけば、湖ごとの細菌間の遺伝的差異が明らかにでき、湖沼細菌の生態や進化の歴史を紐解く鍵が得られるかもしれない。実際、単離株やメタゲノム解析を用いた全ゲノム解像度の研究では、16S rRNA遺伝子がほぼ同一の細菌でも、湖間で異なる遺伝子型を示すケースが報告されている。しかし、湖沼細菌の大多数は依然として難培養性であり単離株を用いた解析は難しい。メタゲノム解析で培養非依存的に構築したゲノム情報を用いる手法も、コスト的に網羅的な解析が難しく、複数の遺伝子型が同所的に共存している場合の検出感度に難があった。

 そこで本研究では、湖沼細菌を対象とし、ロングリードシーケンサー(PacBio)を用いて、16S rRNA遺伝子と、それに隣接しより多様性の高い(=系統解像度の高い)ITS領域をターゲットとした、合計約2000 bpのPCR産物を対象としたアンプリコンシーケンスを行った。ロングリード解析ではシーケンスのエラー率の高さが問題になるけれど、本研究の特色として、PacBioのCCS(Cirular Consensus Sequencing)リードを用いて高品質なリードを得たうえで、CCS向けに設計されたDADA2のパイプラインを用いることで、1塩基解像度の解析を実現した点があげられる。この解析の正確性を確かめるために、ショットガンメタゲノムのリードとの比較も行ったのだけど、「十分なCCSリード数が得られていれば」レアな1塩基多型も含めて概ね正確に検出でき、優占的な変異に関しては変異の比率もほぼ一致した定量的なデータが得られることまで確認できた。

 解析の結果、従来法では検出できなかった系統内microdiversityが湖間や季節間で存在することが明らかになった。特に日本とヨーロッパの湖の細菌間では塩基配列に大きな隔たりがあり、大陸間での地理的隔離の存在を支持する結果が得られた。つまり、「微生物は世界中を飛び回っていて、環境さえ合えばどこでも優占しうる」という"Everything is everywhere, but environment selects"仮説とは相反する結果が得られた。一方で、microdiversityの程度は系統間で大きく異なっており、「系統内でどの程度遺伝的に多様化するか」はその系統の生態学的な戦略の違いを反映しているのではないかという仮説を提示した。

 まとめると本研究では、ショートリードよりも高解像度でメタゲノムよりも高感度なロングリードアンプリコンシーケンスの特性を活かし、湖の優占細菌系統の未開のmicrodiversityの存在を明らかにすることができた。一方で課題は、ショートリードと比較してのコスト当たりのリード数の少なさで、多くの系統/サンプルで、本手法の検出感度をフルに活かすほどのリード数が得られなかった。この点は、今後のロングリード解析コストの低下に伴って解消される問題であると期待している。また当然ながら、16S+ITS配列が同じだからと言って、ゲノム配列も同じとは限らない。本手法は「相違性」を検出できても「同一性」を結論づけることはできない。それに、16S+ITSの配列をゲノムや生理代謝活性と結び付けなければ、今回見いだされた系統的差異が生成・維持されるメカニズムにまで迫ることはできない。

 互いに物理的に隔離された「湖」という研究系は、微生物の系統地理的な背景を検証するにあたって格好の研究対象であると考えている。本研究で得られた知見を足掛かりに解析の焦点を絞り込むことで、今後はゲノム解像度での湖沼細菌のmicrodiversityとその生態・進化的背景の解明に挑戦したい。

 論文の簡単な紹介のつもりが結構長くなってしまったので、本論文の投稿・出版プロセスでの裏話は後編で。