yokaのblog

湖で微生物の研究してます

登った山からの景色は楽しまなければならない

難産だった琵琶湖の細菌・ウイルスメタゲノム論文をようやく投稿。同時にbioRxivでプレプリントを公開した。

僕は元々顕微鏡仕事から微生物生態学の世界に入ったので、この論文の研究を始めた頃はショットガンメタゲノムの原理もゲノミクスの基礎もほとんど理解できておらず、バイオインフォマティクスの基礎どころかlsとかcdといったlinuxの基本コマンドすら知らない状況だった。この仕事を形にするのにはかなりの時間がかかると覚悟していたけど、結局3年近くかかってしまった。まだ投稿しただけでここからが本当の戦いなのだけど、ひとまずプレプリントとして出せたことで、「似た内容の論文がライバルから出てくるのではないか」と毎日怯えながら論文のアラートに目を通す緊張感から一旦解放されたのはとても嬉しい。そして案の定、半月経たずして似たような研究のプレプリントが2本、海外から投稿された。

先の論文はチェコの共同研究者たちの研究なので、もともとお互いに手の内を知っていたし、そろそろ出てくるだろうなと思っていたのだけど、後の方は予想していなかったチームからだった。似たようなことをやっている研究室が世界にもう一つはあるはずなので、そこからの報告もそのうち出てくるのではないかと思う。今回の自分の研究の(数々の)大きな発見の一つに、淡水で世界的に優占する細菌系統「LD12」のファージゲノムを初めて報告した、というのがあったのだけど、上記のいずれの研究も「LD12のファージは本研究が最初に見つけた」ということを書いていた。プレプリントの段階で「どちらが先か」を議論してもしょうがないけど、中々形にできず苦しみ焦った毎日に意味があったことを確認できたという意味では、一番先を取れたのは自分にとって嬉しいことだ。一方で、それぞれの研究はもちろん完全に被っているわけではなくて、同じ対象(淡水ファージ)を研究しつつも、それぞれ違う切り口から分析をしており、互いを相補するような面白い結果が出ている。僕の研究は有酸素深水層からもサンプルを採集して細胞内外の両画分をシーケンスしたという点でユニークだし、後の2本も、大規模メタゲノムデータの横断的解析、1つのファージ系統の多様性と生態の深堀、という視点でユニークだ。なので、相手のプレプリントを読むのはとても楽しくて勉強になったし、ライバルが出てきて悔しいというより、似た研究をしている仲間が出てきて嬉しいという気持ちのほうが大きかった。今回の経験を通じて改めて、「自分にしかできない研究・視点」を持つことで、競争的な分野にあっても心の余裕をもち、健全・公正に他者の研究に接することができるようでありたい、と思った。

 さて、論文の査読結果を待ちながら、次に進まなければならない。先に書いたように「ショットガンメタゲノムの研究でアウトプットを出す」というゴールは、3年前の自分にとっては途方もなく高い山の上にあるように感じていた。特にこの1年弱は結果がなかなか出ないことに焦って頭がいっぱいだったので、脇見せず一気に頂上まで登り切った感がある。だから必死に登ったこの山の頂上から見える景色を、一旦立ち止まってじっくり眺めて、楽しむ時間を作りたいと思う。すぐに論文にできそうなデータも手元にたくさんあるのだけど、あまり焦らず、今のフレッシュな視点を持って、あれこれ論文を読んだり、データをいじってみたりして、自分の今後の研究のコアになるアイデアに繋がるような「遊び」の時間を意識的にもちたい。