yokaのblog

湖で微生物の研究してます

アルプスの氷河湖もCL500-11だらけ

昨年のヨーロッパ滞在中に行った仕事の一部が論文になった。

一言で言えば、CL500-11系統の細菌がアルプスの氷河湖でも優占することを初めて報告した論文だ。CL500-11に関しては、これまでの自分の研究で、琵琶湖での時空間的な動態を明らかにしてきたほか(Okazaki et al., 2013), 日本全国の大水深湖の調査を通じてその幅広い生息域を報告してきた(Okazaki et al., 2017)。現存量では湖の深層の細菌の4分の1程度を占めることもあり、細胞サイズも大きいことから、CL500-11は大水深湖の生態系や物質循環において中心的な機能を担っていると考えられている。未だ単離株が得られていない未培養系統だけど、メタゲノムからアセンブルされたゲノム情報の分析から、すこしずつ生理的特性に関する知見が得られつつある。

 一方で、環境中のCL500-11細菌の動態に関しては未だ情報が少なく、ゲノムから得られた情報を生態と結びつけて考察するための情報が不足していた。今回研究対象としたアルプスの氷河湖でも、副産物的に登録された16S rRNA遺伝子配列の情報からCL500-11細菌の存在は示唆されていても、それを定量的な手法で追った研究は存在しなかった。

 本研究ではスイス・イタリア・オーストリアにまたがるアルプスの氷河湖7湖においてCL500-11細菌の存在をCARD-FISH法で定量したほか、2つの湖(ZurichとMaggiore)に関しては時系列サンプルを利用して時空間的な動態の追跡も行った。結果として、CL500-11は調査を行った全ての湖で優占しており、その生息域の幅広さと量的な重要性を明らかにすることができた。さらに既存のCL500-11の定量・定性情報を改めて整理し、メタゲノムや地球化学的な研究から得られている情報も加えて、CL500-11の生理・生態的な特徴に関して、今後の研究で検証すべきいくつかの仮説を提示した。ちなみに、先日出した共同研究の論文では、アメリカ・ヨーロッパ・日本のCL500-11は16Sレベルではほとんど違いが無いのだけど、ゲノムで見ると種レベルで確実に異なるという結果が出ている (Mehrshad et al., 2018)。「湖の深層にしか生息できない彼らがいつどうやって世界中の湖に分散して、どう分化してきたのか?」という系統地理的な問いも今後追究したい面白いテーマだ。

 ・・・と、それらしく論文を説明するとこうなるのだけど、言ってしまえば本研究の元データは「いろんな湖でCL500-11の数を数えただけ」のとても記載的な情報で、そこにどう付加価値を付けて論文にまとめるか、ということには結構苦心した。おそらくCL500-11に関しては自分が世界でも一番熱心に研究している人間だと思うので、こだわった論文にしたいという思いもあって、なんだかんだ情報量がどんどん増えていって、まとめるのに結構時間をつかってしまった。おかげで、論文の後半は原著論文というよりは総説に近いテイストになった。このことは論文の投稿先を選ぶ基準にもなった。最初は短くシンプルにまとめてEnvironmental Microbiology Reports に出す予定だったけど、文章が長くなってきたので別の投稿先を探すことになり、共著者からの「いろんなスタイルの論文を受け付けていて査読も早い」という勧めでFrontiers in Microbiologyに投稿することになった。結果的には、最初のレビューが戻ってくるまでに1か月半、査読に答えるのにこっちが使ったのが3週間、そのあと最終の返事がくるまでに3週間半で、比較的スムーズに掲載までこぎつけることができた。

 自分の一連の研究の中でのこの論文の位置づけとしては「サブテーマ」にはなるのだけど、このタイミングで論文を出せたことには自分にとって大きく2つ意味があったと思う。一つは、去年の2か月半のヨーロッパ滞在が単なる「海外経験」ではなく、きちんとアウトプットにつながる内容であったことを早く示したかった、というものだ。この研究は、京都大学教育研究振興財団の在外研究助成と、受け入れてくれたスイス・イタリアの共著者の協力がなくては実現しえず、きちんと成果を出して応えたいという思いが強くて、とりあえずその第一弾を出すことができたのは一安心だ。もう一つの意味として、この研究と並行で進めているメタゲノムの論文があまりにも複雑で、まとめるのに想定をはるかに超える時間がかかっていたので、比較的シンプルなこの研究の論文を書きすすめることは、自分にとって癒しだったし、自信を取り戻す意味で必要だったというのもある。実際、このままでは今年(2018年)はファーストの論文が一本も出ない危機だったので、小ネタでもなんとかここで一本出すことができてよかったと思う。ここからまた気合を入れなおして大ネタの仕上げのほうに取り掛かりたい。