yokaのblog

琵琶湖で微生物の研究してます

もう一歩踏み込んだ研究をしたい

 公聴会を1月に終えてから2ヵ月。しばらく手を付けられていなかった手元のデータの分析に本格的に取り組んでいる。その間にも次々と新しい論文が発表されて状況が変わっていくし、自分のデータからも色々と面白い発見が出てきて、すでに2ヵ月前に公聴会で発表したことが古い情報のように感じる。世の中が速くなりすぎたのか、単に自分が遅すぎるのか分からないけど、相変わらず「追いつくのに必死」な毎日だ。それでも少しだけ、世の中のスピードよりも自分が追いつくスピードのほうが速いような実感もあって、ちょっとずつ「論文になっていない本当の最先端」に近づきつつあるような感触もある。本当に「追いついた」と自信を持って言うにはまだ何年もかかりそうだけど。

 自分の研究の蓄積も増えてきたことがあって、他の研究者との情報交換や共同研究の機会も最近増えてきた。そこで気付かされるのが「もう一歩先に行こうとする貪欲さ」だ。僕はこれまで発表してきた論文に記載的な研究が多かったこともあって、「これで十分な論文にできる」と感じるハードルが低くなっていたのかもしれない。自分が設定した研究のゴールに対して、共同研究者から「そのデータがあれば、もう少し分析を深めて、もっと面白いことが言えるんじゃないか?」という提案をもらって「確かにその通りだな」と納得することが数多くあった。前回の記事でも書いたけど、学位とか就職のために「とにかく成果を論文にしなければ」という思いが先行しすぎて、「もう一歩先を見ようとする貪欲さ」を忘れてかけていた、もっと言うと、無意識的にその面倒な作業を避けていたのかもしれない、とも思う。学位もとれたし、就職の不安も短期的には無くなった今、自分も意識を変えて

論文になる成果が出るのは当たり前で、そこから一歩先、その先にどれだけ踏み込めるのか

が重要なのだと自覚しなければと思った。

 ただ、そうはいっても自分はまだ3本しか1stで論文を出せていないし、まだまだ「論文が出せるのなんて当たり前」と言えるようなレベルにはない。自分が扱っているデータが巨大で複雑になってきたこともあるのかもしれないけど、むしろ「論文を書くのってこんなに大変だったっけ?」と思わされることの方が最近多かったりする。でも、だからこそ、せっかく書く論文一本一本のテーマをしっかり吟味したうえで(無駄打ちしないようにやらないことを選んで)、徹底的に踏み込んだ内容にすべきなのだと思う。

 3年勤めた会社を辞めてから3年が経って、研究に戻ってからの期間のほうが長くなった。もはや会社員だった自分を想像することも出来なくなってきているけど、改めて思い返すと、僕が会社員を辞めた理由の一つは「こだわり抜くことが正解にならないことが多い」ということだった。費用対効果が求められるビジネスでは当たり前の事なのだけど、必要とされる水準以上にこだわって深掘りした成果は、本人の納得感と引き換えに生産性を下げ、時には損失や害悪にもなる。一方、研究で過剰品質が問題になることはない。どれだけ深掘りして、徹底的に納得いくまでこだわって出した成果であっても、それがちゃんと評価される。そのことを、これまでの自分の短い研究キャリアの中ですら何度も目の当たりにしていて、自信を持って実感できている。

 せっかく「こだわることが許される」業界にいる。だから、もっと自分の成果にこだわりを持たないともったいないと思う。つくばに引っ越してきて、来週から新しい環境で研究をスタートさせることになる。これを機に自分の気持ちも新たにして「もう一歩踏み込んだ研究」が出来るように頑張りたい。