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博士課程は最低年収よりも最高年収を上げるべき

 日本で博士課程に進学する人がどんどん減っていてマズいということで、博士課程学生の生活を金銭的にサポートする制度が増えてきて、良いことだと思う。自分が学生の頃は、博士課程で給料をもらおうと思ったら学振特別研究員ほぼ一択だった。それも採択率20%程度で、もし通らなければ無給なうえに授業料も払わなければならず、奨学金という名の借金を膨らませながら研究生活を送るしかない。貧すれば鈍するで、お金の余裕の無さは心の余裕の無さに直結する。金銭的問題が博士課程進学をためらう大きな理由になっていることは間違いなくて、その声がようやく政策に反映されて状況が変わりつつあるのは明るいニュースだ。

 一方で個人的意見として、この政策が博士課程進学を迷う優秀な学生を引き止める効果はそんなにないと思っている。なぜなら貰える金額が、一般的な民間企業や公的機関に就職した場合の給与に対して比較にならないほど低いままだからだ。新制度によるサポートはいずれも、学振特別研究員と同等かそれを下回る金額だ。つまり、サポートを受けられる人数は増えたものの、「どんなに頑張っても『年収240万円 - 授業料 & 社会保険なし』が頂点である」という状況には変わりがない。東京で一人暮らしだと、ギリギリの生活だ。博士課程でも活躍間違いなしの優秀な学生が民間企業に行けば、その2~3倍はすぐに貰えるようになる。それとの比較に耐えうるレベルの待遇を用意できなければ、優秀な人たちが去っていくのを止めることはできないだろう。

 もちろん原資は税金であり、大学の研究は民間企業と違って利益を上げているわけではないので、同レベルの待遇は現実的に不可能だ。なので「とにかくお金が大事」という考えの人はそもそも博士課程進学には向いていないと思う。一方で、自分が追究したい学問に打ち込めるのならば、待遇のことは多少差し引いて考えても良いという気持ちの人も多いはずだ。ただ今の博士課程への待遇は、本当に研究が好きで向いている人であってもなお、そこを割り切ることができないほどに悪い。

 「では来年から博士課程学生の待遇を改善して、最低年収400万円にしましょう」となればすぐにでも問題は解決するだろうけど、あらゆるものが縮小・衰退しつつある国の現状で、そのような状況はまず起こりそうにない。限られた財源のなかで最低年収が設定されたとすれば、採用人数が激減して、悪名高い「選択と集中」路線をとるしかない。急成長期であり、ポテンシャルの塊である博士課程学生への投資にあたっては、広く浅くの方針で裾野は広くしておくべきだ。

 じゃあ限られた財源の中でどのような打ち手があるのか。自分が効果的だと思うのは、最低年収ではなく、最高年収を引き上げることだ。つまり、広げる予定だった裾野をほんの少しだけ削って、それをごく一部に集中的に投資する。例えば1人の採用枠を削ってその分を1人に追加で与えることで、これまでの2倍の年収480万円の採用枠を作ることができる。採択率は1%、つまり学振特別研究員20人に1人とかでもよいと思う。重要なのは、このような枠が存在するという事実自体、つまり「どんなに頑張っても年収240万円がMAX」という状況を無くすことだからだ。たとえ可能性が低くても、「頑張れば高く評価してもらえる可能性がある」かどうかで、気の持ちようは全然違う。1%の採択率に可能性を感じてチャレンジするのが上位10%くらいに位置する学生だとすれば、博士課程でも民間企業でも活躍間違いなしの優秀な学生を抜群の費用対効果で引き止めることができるのではないだろうか。

 類似のやり方は、ポスドクの特別研究員(PD)ではすでにSPDやCPDのような形で存在していて、これらはとても良い制度だと思っている。同じことを博士課程学生相手にやることは、政策としてもすでに検討されているに違いないので、未だに採用されていないということは、何か弊害が考えられるということなのだろうか。裾野を広げるのは良いことだけど、「どんなに頑張っても240万」のまま裾野をこれ以上広げても期待されているような効果はないだろうと感じているので、是非前向きに検討して欲しい。