yokaのblog

琵琶湖で微生物の研究してます

RNAmmerのインストール

 FASTA形式のDNA配列からrRNA遺伝子を探してくるRNAmmer、元論文は2000回近く引用されていて、広く利用されているソフトだ。少量のシーケンス(1万配列、1000万塩基まで)であれば、ブラウザ上から直接配列を投げてサイト上で解析することもできて便利。

RNAmmer 1.2 Server

で、今回、大量のデータを分析しようと手元のLinuxにこれを入れようとして、色々と細かいところでハマったので備忘メモ。基本的には、開発者のブログに書いてある通りなのだけど、古いバージョンのソフトが必要だったり、手作業のステップもあったりして、結構ややこしい作業が必要。

  1. ダウンロードページの注意を読み、必要事項を入力して、tar.Zを一式をダウンロードして解凍
  2. RNAmmerを動かすのに必要なソフト、HMMERをインストールする。最新バージョンは3.1だけど、RNAmmerはv3以降では動かないので、ダウンロードページからv2.3.2を手に入れる。
  3. HMMERのマニュアルに従ってファイル一式を展開する。
  4. 必要なのは"hmmsearch"というバイナリファイルなので、これの場所を覚えておくか、任意の場所に移動させる。☆
  5. RNAmmerを解凍したフォルダに"core-rnammer"というスクリプトファイルがあるのを確認する。★
  6. RNAmmerを解凍したフォルダにある"rnammer"をテキストエディタで開き、# the path of the programの下にある、my $INSTALL_PATH =以降のパスを、RNAmmerを解凍したフォルダ★に書き換える。
  7. 同じく、 $HMMSEARCH_BINARY = 以降のパスをhmmsearchがある場所☆に書き換える。2か所あるが、Linuxを使っている場合はLinuxに関する部分だけ書き換えればOK。
  8. rnammerを閉じ、保存。
  9. これで動くらしいのだけど、
FATAL: POSIX threads support is not compiled into HMMER; --cpu doesn't have any effect

というエラーが出ることがあって(自分は出た)、その場合は"core-rnammer"をテキストエディタで開き、スクリプト内にある--cpu 1という記述(2か所)を削除し、保存。

と、これでようやく使えるようになる。

 アウトプットは様々な形式で出せるけど、見つかったrRNAの場所を記載したGFFと、その配列を抽出したFASTAを出したい場合は、作業フォルダに移動して、

perl RNAmmer解凍フォルダ/rnammer -S bac -m lsu,ssu,tsu -gff output.gff -f output.fasta input.fasta

とすればOK。-Sがどのドメインの生物を検索するか、-mがどのサブユニットのrRNAを検索するかというオプション。マルチスレッドには非対応だけど、そこそこ大きなFASTAファイル(10 MB)でも数分で分析できた。
開発者ブログによるとバージョンアップを進めているらしいので、今後に期待です。

11月びわこ

今日は月例の琵琶湖調査。

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気温14.7℃、水温15.9℃、透明度は5.5m。深層の細菌密度は1.0×10^6 cells/ml, ウイルス現存量は2.0×10^7 particles/ml。水温躍層は30m付近まで下がってきていて、昨年よりも確実に冷えるのが早い。去年が暖冬だったおかげで深層の水温が高いこともあって、今年は早めに全層循環が起こりそうだ。

 紅葉もちょうど見ごろを迎えていて、これも去年よりも1週間くらい早い。去年は温度の下がり方が鈍くて、紅葉が汚かったけど、今年は一気に冷えたおかげでとてもきれいだ。こちらは先週の信楽の様子↓

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 今年は春が長かったし、梅雨もしっかりあって、8月はほとんど雨が降らず、その後しっかり秋雨が降り続けて、一気に気温が下がって、四季の移り変わりがはっきりしている気がする。冬も冷えるのかな。

系統地理ワークショップ@京都

 京大のセミナーハウスで行われていた生物群横断系統地理ワークショップなるイベントに参加してきた。僕の研究では「なぜ同じ系統の細菌が世界中の別々の湖に共通して生息しているのか?」という疑問があって、他の生物の研究から何かヒントは得られないか、ということで今回情報収集を目的に参加してみた。

 自分の研究にダイレクトにつながるようなアイデアは得られなかったけど、普段とは全く異なる研究者コミュニティに入って、系統地理界隈のトレンド(何が分かっていて、何が分かっていないのか?)を大まかに把握できたのは良かった。

 もう少し突っ込んだ、内容とは別の感想では、直前に参加した微生物生態学会などと比べて、研究のモチベーションが純粋である、ということが印象深かった。講演やポスター発表でも何度も「面白い」という言葉が出てきたし、「その生き物が好きだから研究している」という人が多いように感じた。良くも悪くも「お金の臭い」が感じられない研究だと感じた。僕は基礎研究の将来には悲観的で、「面白いからやる研究」を「趣味の延長」みたいに捉えていて、税金を出すことを快く思わない人が社会にはたくさんいるし、これからも少子高齢化で財政が厳しくなっていく中で、そういう研究にお金を出す余裕はますます無くなっていくと思っている。だから、ワークショップの場でも議論があったけど、「なんの役に立つのか?」ということを急いで議論しないとマズいのではないかという不安を感じてしまった。新しいものを対象にすれば、面白い発見が見つかるのは当たり前であって、本当の戦いは「たくさんの面白い発見の中での優先順位をいかに上げるか」というところだ。面白いことももちろん大切なのだけど、残念ながら無い袖はふれない。「それは税金でやることではない」と言われたら、悔しいけど黙るしかない。もし「面白い」を前面に出すのであれば、クラウドファンディングみたいに「面白い」と感じてくれる人から直接研究費を貰うような方法を考えていくしかないと思う。

 じゃあ、どうやって「役に立つ」ことをアピールすればよいのだろうか。僕が今回この集会に素人なりに参加して感じたのは、「系統地理」って言うけど、色んな生き物、色んなレベルの変異、色んな地理スケールでやっている人が集まっているので意外とその定義は難しくて、結局のところ「野外での遺伝子の移動を追いかけるプロの集まり」がこの学問分野なのではないかということだ。だから、有害な遺伝子(耐性遺伝子とか)がどう広がっていくのか、とか、有用な遺伝子のソースが失われないようにするにはどうしたらいいか、みたいなところで、統一見解を形作っていければ、この分野のプレゼンスもより高まるのではないかと感じた。「そんなこととっくに考えてるよ」と言われそうですが。

 そしてやっぱり大きな生き物の研究と比較して感じるのは、「微生物って絶望的なくらい何もわかっていない、でもだからこそ、これからの伸びしろも大きそうだ」ということだ。そもそも、系統地理の研究で重要な単位である「種」の概念すら、細菌の世界では訳の分かっていない状況だ。大きな生き物の研究では当たり前のように出てくる「違う場所で採れるものは遺伝子レベルで見ると全然違う」みたいな話が、細菌でみつかるとトップジャーナルに乗るような大発見として扱われる*1次世代シーケンサーのおかげで、今まさにボーナスステージで、そういう発見がものすごい勢いでなされている。僕も、大きな生き物の研究にヒントを得ながら「細菌の移動」の謎を解く発見をしていきたい。

微生物生態学会@横須賀

 微生物生態学会@横須賀に参加。この学会は、一番僕の研究分野にフィットした学会であると同時に、ものすごく守備範囲の広い学会でもある。感動するくらいマニアックなレベルで自分の研究を評価してくれる人もいる一方で、大多数の研究者は僕のポスターの前を素通りだ。

 微生物の研究は、「新手法⇒新発見」という図式が成り立ちやすい。だからどうしても記載的な研究が多い。(微生物以外の)生態学者がこの学会を「つまらない」と評するのを何度も聞いたことがあるけれど、この点が原因だと思う。だけど、だからこそ、少しでも生態や進化に絡めた議論に持ち込めればインパクトのある研究になる、まだまだ発展の余地がある面白い分野だと思う。僕の研究も今はとても記載的だ。だけどこれは基礎固めであって、今後、もっと一般的で面白い発見を量産できる系に発展させていくつもりだ。そうすれば、もう少しポスターの前で立ち止まってくれる人も増えるだろう。

 これまで参加してきた学会では人脈を広げることに積極的だったけど、今回はほとんど名刺交換をしなかった。それだけ顔見知りが増えたということもあるのだけど、それ以上に、自分の立ち位置が分かってきて、広げていくべき人脈の方向性や範囲が絞れてきたことが大きいように思う。新たな成果を出すことなしに、これ以上人脈だけ広げても意味がないし、迷惑なだけだ。すでに関連分野の研究者には自分の研究のことを一通り知ってもらえている。だからこの先は、成果で語るしかない。早く研究を先に進めて、記載的でない、この研究の本当の味を出したい。

研究者は芸術的な職業かもしれない

 最近ずっと論文を書いている。自身3本目の論文で、博士課程の研究のメインの成果になりつつも、僕の今後の研究のベースにもしたいと思っている論文だ。今回は計画段階から練り込むことができた研究なので、なかなかこだわりの強い内容に仕上げられたと思う。

 科学論文は客観的でなければならないように見えて、実は全然客観的ではない。同じテーマでも、仮説の立て方、実験デザイン、結果の見せ方、文章の組み立て方といった研究者の味付けにより、全然内容が変わる。材料(客観的データ)に手を加えてはならないこと、冗長にしてはならないことを除けば、あとは小説を書くのとなんら変わりないのではないか。なので、研究者は実はかなり創作的・芸術的な職業なのではないかと思う。もちろん納期や予算に追われて「乗り越えること」「こなすこと」が必要とされる場面もある。だけどそれでも、世の中の大多数の仕事に比べればはるかに穏やかで、「こだわること」「やりすぎること」に寛容なのが研究だと思う。これは幸せなことだ。

 もっと言えば、個々の論文が芸術的であるだけでなく、その集合体である「自分の研究人生を成す一連のストーリー」自体が、とても創作的で芸術的なのではないかと感じる。大成した研究者というのは、偶然客観的な大発見に恵まれたというよりは、個々の論文を積み上げながら構築したこだわりのストーリーを一つの学問分野と呼べるレベルにまで成長させ、周りを巻き込みながらその価値を高めて、気づいたら第一人者になっている、というような人がほとんどではないだろうか。研究者は、自分の研究やそれに懸ける人生自体を自分でデザインすることが求められる、この上なく芸術的な職業、というのは言い過ぎだろうか。こんな自由な夢を見ていられるうちが華なのかもしれないけれど。

 ・・・と、一通り書いた後に「同じような事を言っている人はいないかなー」と思ってググってみたら、寺田寅彦先生の名文が出てきたので、リンクを貼っておく。→ 寺田寅彦 科学者と芸術家

10月びわこ

 月例の琵琶湖調査に行ってきた。今朝の気温は13℃。そろそろ深層の水(8℃)を触っていると手がかじかんでくる季節。クーラーボックスの保冷材の数を減らせるのはいいのだけど。

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 水温は23.0℃、透明度はさらに下がって5.5mで、湖も実りの秋。まだ水温が高いのか、植物プランクトンは緑藻中心で、顕微鏡で確認するとStaurastrumやMicrasteriasが多いみたいだった。もっと水温が下がればAulacoseiraやFragilariaといった珪藻が出てくるはずだ。

 僕が研究対象とする深層の細菌達もこれから最盛期を迎える。春から深層に溜まり始めた有機物や栄養塩が、1~2月に成層が崩れる直前まで蓄積しつづけるのだけど、彼らはそれを利用する細菌群なのではないかと僕は考えている。

 今日の深層の細菌数は1.4×10^6 cells/ml、ウイルス数は3.5×10^7 particle/ml。例年通り、CL500-11(C字型の細菌)が多くなってきていることが確認できた。分裂中のものも多く見られて、まさにぐんぐん増殖中のよう。

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 こいつらがどのような特徴を持った微生物で、生態系でどのような役割を果たしているのか。これから冬にかけて、重点的に深層のサンプルを集めて明らかにしていくところだ。

専門分野をもつことで興味の対象が広がる

 これまでの人生で進路に迷った時、僕は常に「つぶしのきく」ほうを選ぶようにしてきた。自分は何が得意で、何か好きなのか。どの道が先まで続いていて、どの道が途中で途切れているのだろうか。やってみなければ分からない。分からないのであれば、選択肢は最大化しておいたほうがいい。そう思って、高校・大学・大学院・就職・今の研究に至るまで、僕はできるだけ可能性を殺さないように「つぶしのきく」選択肢を選ぶようにしてきたし、できるだけ好き嫌いせず、幅広いものに興味を持つようにしてきた。

 今自分自身を振り返っても、若いうちはそれで正解なのだと僕は思う。だけど、いつまでも専門分野を持たないわけにはいかない。いい歳をして「何でも屋」でいると「何にもできないけど何でもやらされる」という不遇を受ける。やっぱり、歳を取るにつれて自分の専門分野を確立し「求められる人」になっていかなければならない。

 僕自身もようやく最近になって「これで生きていくんだ」という専門分野が定まりつつある。それは選択肢を捨て、視野を狭め、可能性を減らす、苦しいことだとこれまで僕は思ってきた。だけど実際にそうなってみると、どうも違う。確かに選択肢は捨てるのだけど、それによって逆に視野や可能性は広がったように感じる。自分の専門分野が確立してくると、それをハブにして物事を考えるようになる。そうすると、ただ闇雲に「あれもこれもやりたい」と思っていた時代に比べて、積極的な目的をもって外部の情報をとりにいくようになる。義務的に「アンテナは広く張っておきゃなきゃ」と思っていたのが、「自分の専門性を活かせる場所はないか」「自分にないものを持っている人はいないか」という具体的で主体的な目で、他分野の事を見るようになる。だから、以前よりも幅広い情報に触れるようになったし、興味の対象が広がった。

 専門を深めることで、視野は狭まるのではなく、むしろ広がる。専門家の視野を狭めているのは「選択肢を捨てたからこその必死さ」の欠如なのかもしれない。