yokaのblog

琵琶湖で微生物の研究してます

微生物は世界中を飛び回っているのか?

微生物生態学における大きな未解決問題の一つに、「ある場所の微生物群集を決めるのはそこの環境なのか、歴史なのか?」というのがある。具体的には、

①あらゆる場所に全種類の微生物が少量ながらも生息していて、その環境に適したものだけが増えることができる

②微生物はどこにでも分散できるわけでなく、物理的な移動の制約のなかで、適した環境に入りこめたものだけが増えることができる

という二つの立場があって、①が「環境が選ぶ」という立場で「Everything is everywhere, but environment selects」とよく表現される考え方、②が「歴史が選ぶ」という立場で「微生物は世界中を飛び回ることはできない」という考え方だ。

実際には、様々な研究からどちらの立場を支持する結果も出てきていて、現実は①と②の中間的な状況だと考えられているけど、その程度をきちんと調べた研究はこれまで無かった。なぜならある環境にある微生物が「いること」は証明できても「いないこと」を証明するのはとても難しかったからだ。

だけど次世代シーケンサーの登場で、環境中に0.01%しか存在しないような微生物の検出も可能になった。そこで出てきた面白い研究がこれだ。

この研究は簡単にいうと、海・湖・土・人の皮膚・腸内など、あらゆる環境の細菌群集の次世代シーケンスのデータから「local-global overlap」という指標を計算し、上記の①②の程度問題を明らかにしてやろうという内容だ。細かい説明は省くけど、この「local-global overlap」が高いほど、狭い環境にいる種類で全世界に分布する種類を代表している度合いが高く①に近い状況、これが低いほど逆に②に近い状況である、という考え方になっている。

で、出てきた結果は、

湖・海・土などの環境:

その環境ごとにしか生息していない細菌が多く、細菌群集組成は移動分散の歴史によって決まっている(②に近い)傾向

人の皮膚・腸内:

あらゆる環境に共通して生息している細菌が多く、細菌群集組成は環境要因に対応した各系統の増減によって決まっている(①に近い)傾向

というものだった。筆者らはこの結果に対する考察として、

  • 風や水流によってしか移動できない環境中の細菌よりも、人の物理的接触で移動できる人体の細菌のほうが分散能力が高い
  • 湖・海・土の環境では、腸内や皮膚に比べて、生息地ごとの環境要因の違い(温度・光・栄養など)が大きいので、そこにしか生息できない細菌が出現しやすい

 という点を挙げていて、まぁなんとなく直感に即した結果ではあるのだけど、きちんとこれがデータで示されたというのはとても面白い結果だと思う。

人間や家畜の伝染病が空港で食い止められるように、あらゆる微生物が風に乗って世界中を飛び回っているという理解は、多分正しくない。けど、同じ種類の細菌が世界中の人間の腸内に共通して生息していて、おそらく人間の社会活動を通じそれらの群集が互いに繋がっている、というのは本当に不思議なことだ。

そう考えると、自然界における細菌の分散は意外と物理的に制限されていて、前の記事で書いたように、研究者が同じ採水器で複数の湖沼を調査することが、外来の細菌を他の湖に移入して何万年も続いてきた生態系を破壊しているかもしれないし、人間が気安く飛行機で移動して、様々な環境を同じ靴で歩いて回ることが、取り返しの付かない遺伝子汚染を世界中で引き起こしているのかもしれない。

また、本論文内で筆者らも触れているように、この研究は16S rRNA遺伝子の多様性しか対象にできていないので、他の遺伝子も含めてより細かいレベルで多様性を検討することで、「限られた環境でしか見つからない細菌」の割合は増えるだろう。

微生物の世界はまだまだ分かってないことだらけだ。シーケンス技術の発達で、急速にその謎が暴かれているこの時代に、研究ができていることは本当に面白いことだと思う。