yokaのblog

湖で微生物の研究してます

水素吸蔵合金

 中学生の頃の話。社会の授業で、近所の自動車メーカーの社員がやってきて、自動車の開発や製造について紹介してくれる機会があった。その話の内容は今はもう覚えていない。だけど、よく覚えているのが授業後の感想のアンケートで「水素吸蔵合金が面白いと思った」と書いたことだ。なぜそれを覚えているのかというと、後日、そのアンケートを読んだ社員が、僕に会いに中学校まで来てくれたからだ。中学時代といえばもう20年近く前になる。中学校の校舎や校庭の様子ももうはっきりとは思い出せない。だけど、その日放課後の図書室で、その社員と、社会の先生と、自分の3人だけで話をしたことは今もとても印象に残っている。水素吸蔵合金の技術を紹介するパンフレットを一緒に見ながら、金属分子の隙間に水素が入り込むのだということを説明してくれた。確かに水素吸蔵合金を面白いとは思ったものの、授業の感想を書かなければならなかったから書いたというくらいのレベルだったので、忙しい中で自分一人のためにわざわざ説明しに来てくれたことに対して、嬉しさと驚きと申し訳なさが交ざった感情で話を聞いていた。別にこの話が自分の人生を変えたとかそういうのではない。だけどこの出来事は、今でも時々思い出すくらい、自分にとって感情を揺さぶられた出来事だった。

 その後自分も大人になり、当時のことを思い出して改めて「あの人あの時よく来てくれたな」と思う。熱心に説明をしてくれたので、水素吸蔵合金の技術を開発していた本人だったのかもしれない。それでも普通、中学生一人のために、わざわざ説明しに来てくれるだろうか?彼はどのような気持ちで、何を伝えようと、貴重な時間を割いてくれたのだろうか?それは分からないままだと思う。いずれにせよ、自分も大人になり、研究者になって、あの出来事が以前よりも意味を持つようになった。自分に伝えられるものがあるなら、たとえ相手が中学生であっても、それは真剣に伝えたい。それで自分の話に興味をもってくれたらもちろん嬉しいけれど、たとえそうでなくとも、少しの時間を割いて真剣に話をすることで一生記憶に残る何かを伝えられるのならそれは素敵なことだ。