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ポスドク3年目の論文の書き方

学位を取って2年が経ち、今月からポスドク3年目に突入した。学生時代にとった論文化できていなかったデータのうち、3本目となる最後のネタの原稿をようやく書き上げた。調子に乗って広げ散らかした風呂敷達を畳むのに結局2年もかかってしまった。これからは広げる風呂敷を慎重に選ばなければならない。

今回の論文はウェット実験や申請書書きと並行しながらスキマ時間にダラダラ書き進めていたのだけど、その割には大きな手戻りなく、これまでよりはスムーズに書けた気がしている。 Fig作りや文章書き自体に慣れてきたということもあるし、知識や経験が溜まってきて先行研究との関連や分野全体の動向をつかむのに新たに必要となるインプット量が少なくなってきたことも大きい。より経験を積めばより効率的に書けるようになるのだろうけれど、さしあたりポスドク3年目に差し掛かる今の自分の論文の書き方を記録しておきたい。

■基本的な考え方

まずは全体像を可視化することを優先し、細部は後で詰める

論文に限らず、まとまった文章を書くときは、最初から書き進めるのではなく、まずは箇条書きだらけのラフな形で良いので、とにかく頭の中のネタを出し切って、紙面を言いたいことで埋めてみて、自分の主張の全体像を可視化することを優先する。絵を描くときに紙面の端から順番に完成させるのではなくまず下書きして全体のバランスを考えるのと同じイメージだ。そうして初めて、自分の一番強調したいものが何なのか、各主張の粒度や強弱のバランスをどうとるべきかが見えてくる。頭の中で完璧にストーリーを組み立てて、手戻りなしで一筆で完璧な文章を書ける人もいるのだろうけど、自分のような凡人はとにかくまずは形にして、そこから何度も手を加えて完成度を上げていく戦略だ。

良い文章は積み上げではなく削ぎ落しで生まれる

いつも原稿が完成するたびに抱くのが「結局最初に言おうとしていたことの半分くらいしか最後まで残らんかったな」という感想だ。ただそれでも「削った主張は無駄で、最初から無いほうが良かったのか?」と聞かれるとそうは思わない。文章は彫刻のように余計な部分を削りながら完成度を高めていくものであり、冗長な部分があってこそ、重要な部分がどこなのかを浮き彫りにできるし、そこを研ぎ澄まして鋭くする余地が生まれる。なので最初の段階では、的外れかもしれないことや、言えるかどうかわからないけど言えたら面白いことなども含め、思いついたことは忘れる前にどんどん盛り込む。100%の分量を目指していてもどうせ120%くらいになってしまうものなので、最初から「あとで100%に削る前提で150%くらいを目指す」くらいのマインドでやっている。

Figを中心に論文を組み立てる

これは分野や個人の考え方にも依るかもしれないけど、自分の研究は元データが複雑なケースが多いこともあり、とにかく見やすいFigを作って、そのFigに多くを語らせるようにしている。本文のためにFigがあるのではなく、Figのために本文があるという考えだ。なので自分は論文のFigの完成度にはとてもこだわるし、時間もちゃんと使う。ただここでも先の話と同じで、手戻りを避けるためにいきなり図の完成度を高めることはしない。まずは傾向だけ分かる手抜きの図を作っておいて、そのあとで本文の改訂と整合をとりながら完成度を上げていく。

■原稿を完成させるまで

0. 納得いくまでデータを触って結果の全体像をつかんでおく

論文書きに手を付ける前に大事なのが、得られたデータを一通りこねくり回して全体像を理解しておくことだ。見切り発車でFigを作り始めてから重要な切り口に気が付いて手戻りが発生することの無いように、生データをできるだけ見て触って、そこから言えそうなことをしっかり絞り出しておく。とはいうものの、メタゲノム解析のように巨大で複雑なデータが相手だと、切り口は無限にあって完璧に分析しきることは到底不可能だ。なので結局のところ大切なのは「ここまで分析しとけば論文にできそうだし、もし手戻りが起こっても後悔ないな」という納得感が得られるまでデータを触るということなのだと思う。(今回は書かないけど、この「納得感」に至るまでの閾値には結構個人差があり、その人のアウトプットの質や量を左右する重要な要素になっていると思う)

1. Fig, Tableの原型を作る

データの全体像が見えてきたら、本文の前にまずはFigやTableの作成に取り掛かる。結果の傾向を的確かつコンパクトに見せられる方法をイメージしながら、紙に手書きでアウトプットイメージを描いていく。会社員時代だったらこの先は作図と配色のセンスに長けた専門のスタッフにお願いすれば紙に書いたイメージ通りのFigを作ってくれていたのだけど、今はそんな豪華な方法は使えないので、全部自分で描く。まだこの先手戻りの可能性が高いので、この段階では汚くても良いから最低限結果を読み取れるだけの簡単な図を省エネでサクサク作っていく。

2. ストーリーの骨子を日本語の箇条書きで作る

Figの原型が出揃ったら、それを眺めながら日本語の箇条書きで論文での主張を書き出していく。このステップで大切なのはまずとにかく最後まで通しで書ききって全体が見えるようにすることだ。全体のバランスやストーリーの流れは考えず、頭の中で思いつく書けそうなことを忘れないうちにどんどん書き出して可視化する。この段階で、新しいFigや分析が必要になった場合は適宜前のステップに戻ってデータの再分析とFigの追加をする。

3.箇条書きを超ラフな英語原稿にする

箇条書きの内容を参照しながら、英文化していく。前のステップはアイデアの棚卸しが主目的だったので、情報の粒度やストーリーの流れる順序はめちゃくちゃだ。このステップではそこを揃えていくことを意識する。箇条書きから具体的な文章にすることで初めて「こことここは繋がりそうだな」とか「これは言えそうでやっぱり言えないかな」みたいなのが見えてくる。その話の繋がりを頭から離さないように集中しながら書き進めていく。文法や表現の推敲には無駄な集中力を使わない。英語をきれいにするのは後回しでよい。引用文献も、すぐに思いつく主要な論文だけ仮で入れていくにとどめ、とにかくまずは一通り筋の通った英文を書き上げることに集中する。

 ちなみに、このような書き方ができるようになったのは、頭の中の文献情報の蓄積にそれなりに自信が持てるようになってきてからだ。学生時代は、頭の中に先行研究の情報があまり無かったので、関係しそうな文献をしっかりと読み込む作業を済ませてからでないと仮でも文章は書けなかったし、書いたとしても手戻りの嵐に襲われていただろうと思う。

4. 超ラフ英語をまともな英語に仕上げつつ、引用文献を固めていく

ここまでは情報を紙面にどんどんインプットしていく段階だったが、ここからは足しすぎた情報を削っていく段階に入る。前のステップで書いた超ラフ英語の状態で、最終アウトプットの130%くらいの文章量で、このステップで110%くらいにまで減らすイメージだ。一文一文、文法や表現を推敲しながら、言いすぎた事が無いか、冗長なところは無いか、先行文献の読み落としが無いかを確認していく。この段階で、論文全体の長さ(語数)も大体見えてくるので、投稿先の語数制限と比較して、1本の論文に仕上げるために自分がどれくらいの情報を削られなればならないのかも見えてくる。それが見えれば、どのくらい言いたいことまで残せそうかが見えてくるし、メインストーリーに載せきらない部分をSupplementaryに回すという選択も下せるようになる。ここまでくると、文章の構造が大きく変わるような手戻りは少ないと考え、FigやTableの構成を固めて番号を振っていく。Abstractもこの段階で書く。

 このステップでとくに時間がかかるのが引用文献の確認だ。以前書いたように、僕は自分の手持ちの論文を検索性を意識して整理しているので「こんな論文あったはず」という論文にはすぐにたどり着くことができる。一方で大変なのが「こういうこと言っている論文ってあるのかな」「これを否定する論文は出てないよね」という論文の検証だ。Google検索で発見した「5年も前にこんなことを言っている人がいたのか!」という論文をきっかけに芋づる式に未開の関連論文のネットワークが見つかって、その読み込みだけで数日消化、というのも日常茶飯事だ。だけど、こうやって目的を持って論文を読んでいる時こそが、その論文の内容を一番効率よくインプットできる瞬間でもある。よい勉強のきっかけだと考えて、この作業には相当の時間を割り当てることをあらかじめ織り込んでいる。

5. Fig, Tableを清書する

前のステップで固めた文章構成に合わせて、仮で描いていたFigやTableの清書を行う。色遣いや文字のサイズ、スケールの調整や複数パネルのレイアウトなど、主にRとIllustratorを使いながら作業を進める。最初に書いたように、自分は見やすいFigを作ることにとてもこだわっているので、ここでかなり試行錯誤する。Figのデザインに過剰なリソースを割くことを無駄な努力だという人もいるだろうけど、正直半分くらい趣味になっている部分もあって、ここはしっかり時間をかけている。

6. Figと本文の齟齬を埋めていく

Figが固まったことで、改めて本文を読み直しながら、対応する部分の表現を改訂していく。Legendもこのステップで書く。特に情報量が多い複雑なFigに対しては、Fig内、本文、Legendでうまく役割分担しながら最小の分量で理解可能な情報を伝える必要があるので緻密な作業が必要になる。

7. 通しで何周もしながら最終稿に仕上げる

この段階で初めて本文とFig達が完全な状態で出揃う。しばらく他の仕事をして文章を寝かせた後、改めてフレッシュな目で通しで読むことで、収まりや繋がりが悪いところ、冗長なところを炙り出し、修正・削除していく。この段階で丸ごとボツになるパラグラフが発生することもあるし、文章の入れ替えによるFig構成の変化や、引用文献の読み直しで時間がかかることもある。これを何周か繰り返して、110%だった分量を100%に収めこみ、最終稿へと仕上げていく。この作業は、どこまでやっても終わりが無いので、やっぱり最後は「これなら外に出しても大丈夫」という自分の「納得感」が得られるポイントが到達点になるのかなと思う。ちなみに今回書いた原稿では、納得感が得られるまでに4周くらいはこのサイクルを回したと思う。

さらに経験を積めばいくつかのステップを省略してもっと効率的に論文を書けるようになるのだろうけど、自分の今の実力だと、複雑な情報を漏れなくダブりなくコンパクトにまとめつつ手戻りを最小限に抑えるためにはどうしてもこれくらいの手数がかかってしまう。1年に何本もファーストで論文を出している人たちが一体どんな感じで書いているのか知りたい。