yokaのblog

琵琶湖で微生物の研究してます

初稿という既成事実

 月例の調査やサンプル処理は進めつつも、最近はデスクワーク中心の毎日。次の論文に載せるデータを作りながら、そのデータを使って来月の国際学会での発表ポスターを作成中。

 前回の論文はかなりスピード重視で書いたけど、今回のはあえて焦らずに分析を深める方向で進めている。とにかく早くアウトプットが欲しかった前回と違って、今回はスピードにそこまで貪欲ではないということや、前回よりもデータ量もストーリーもでかいので分析に時間がかかるということもある。だけどそれ以上に、前回の論文執筆・査読対応を通じて

丁寧な分析というのは思ったよりも評価されるものであり、初稿の段階で分析を深めておくことがむしろ、労力に対して質の高いアウトプットを出すことにつながるのではないか

という思いを強くしたことが理由としては大きい。

 前回の論文は、会社員時代の仕事の仕方を引きずっていたこともあって、

判断に迷うところはとりあえず仮決めで進めて、早めに審判を仰ぎ、軌道修正が必要かどうかを早く知るほうが効率がいい

という考えで、あまり深い方向に突っ走らず、できるだけ最小公倍数的なモノを書いて査読に回すことを目指してすすめていた。その結果、根本の考え方のエラーを指摘され、分析まるごとやり直しになって、二度手間を回避することができたパートもあった。だけど同時に面白かったのが、自分は「最小公倍数で仮決めだ」と思っていた分析でも、評価されて結局最後まで生き残ったパートも結構たくさんあった、ということだ。必要であればもっと深い分析に突っ走ることもできたけど、そこまで行く前に出しておいて意外に大丈夫なんだな、ということを思った。もちろん、掲載先のジャーナルのレベルにも大きく依るのだろうけど、結果として「とにかく早く出したい」という僕の欲望に応える結末になった。

 これは決して「手抜きで不完全な論文を出してしまった」ということではない。言いたいのは「もっと深い方向に突っ走ることもできたけど、敢えて深入りせずに置いておいたら、それで意外とうまくいった」ということだ。仮に深い分析をして出していたところで、「不要なこだわり」と判定されて、ボツになっていた可能性だって大いにあるだろう。だけど一通り論文が出てみて「最初からできる限り深い分析をしておいても良かったな」というのもちょっと思った。

会社にいた時も思っていたけど、

「仮決めで仕事を進めること」で二度手間を回避するチャンスも増えるけど、誰かが修正してくれるだろうと思ったら誰も指摘してくれずにそれがそのまま既成事実になってしまうリスクも増える

ということが、研究論文にも当てはまると感じた。いくら業界のプロが査読するとはいえ、「査読⇔修正」のやり取りはせいぜい数回までだし、時間が限られている中で、初稿がベースになって議論が進んでいくのはまあ当たり前のことだ。

 だから今回は、最初から分析できるところまで分析しつくした、最高クオリティの初稿を書き上げたいと考えている。判断に迷うところも、仮決めで進めるのではなく、全ての可能性を盛り込んだ最大公約数的な分析にしていきたい。その結果、出したものの多くが不要になるかもしれないけれど、深く分析したこと自体は査読者はちゃんと評価してくれて、無駄になることはなさそうだという自信が出てきたことと、初稿で最高クオリティのものを送っておかないと、後からその既成事実を上回るものに書き換えることは難しいということが分かったからだ。

 なので、当初の予定からかなり後ろ倒しになっているけど、緻密な議論・分析をすべく、じっくりと時間をかけて次の作品の準備を進めている。「通ればいい」という欲望ではなく「驚きとワクワクを与えたい」という欲望をモチベーションにして、恥ずかしくないものを世の中に出したいと思う。