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yokaのblog

琵琶湖で微生物の研究してます

科学は役に立つべきか

 基礎科学に対して「役に立たない」と表現を使う人がいる。科学の外にいる人が批判的な意味を込めて使うのはともかくとして、科学者自身が自分の研究を指してこの表現を使うのはありえないことだと僕は思う。

 今世の中を便利にしてくれている、「役に立っている」過去の科学的発見のほとんどは、当時は今の判断基準で「役に立たない」判定を出されていたであろうものだ。重力の発見も、電気の発見も、電波の発見も、周期表の発見も、遺伝子の発見も、進化の発見も、その当時はほとんどの人間から「そんな研究して何になるの?」と思われていたものだし、研究している本人ですらそれはよく分かっていなかっただろう。最近の例だと、今大きな期待を集めているゲノム編集技術だって、もともと細菌がウイルス感染への抵抗力を獲得する原理を追究する基礎研究の中で得られた知見がベースになっていて、狙って見つけてきたものではない。

 一方で、去年話題になった、アメリカの探査機の冥王星への接近や、梶田先生のニュートリノの研究でのノーベル賞受賞、理研の新元素発見のニュース。これらの研究には莫大な費用が投じられている。それを「役に立たない」という理由で批判するのは簡単だ。だけど、「100年後・200年後には電気と同じくらい、この成果が当たり前に使われているかもしれない」ということを否定することも、誰にもできない。そして言うまでもなく、ニュースになっていないだけで、こういう「基礎研究」は毎日世界中で行われていて、今日も少しずつ、人類の知見は蓄積し続けている。

 こう考えると、科学の存在意義は「役に立つかどうか」という次元で判断できるものではない。「そこに分からないものがあるのだから理解しようとする」という、文明が何百年も絶やさずに積み重ねてきた結果が、今の世界を作ってきた。もしこの営みを止めて「明日から人類は科学研究を一切止めます」という日が来たとしたら、人々は科学のおかげで「日々生活が良くなるはずだ」と信じて前向きに生きて来られていたのだということに気づくだろう。だから、「目に見えるところ」「手が届くところ」の費用対効果に惑わされて、「役に立つかどうか」という軸を持ち出すことは、科学の外の人ならまだしも、研究者がやってはならないことだ。もちろん、研究費獲得がシビアになるなかで、「役に立つか」という質問への回答を用意しておく努力は研究者にも当然必要だ。ただ少なくとも「役に立たない」という回答するのは論外だと思う。このようなことは、科学に関心があれば当たり前に考えていることだと思うし、基礎研究の必要性についても、ネットで調べれば説得力のある話はいくらでも出てくる話だ。

 だけど僕が心配なのは、最近の世の中の判断基準が思った以上に「役に立つかどうか」軸に偏ってきていると感じるようになってきたことだ。特に、会社員時代に、ビジネスで研究をやっている人たちはともかく、国の科学政策に関わるような人達と話しているときですら、そのような空気を感じたことは、正直僕にとって衝撃だった。彼らは

基礎科学は大事なのは分かっている。けれども財源が限られ説明責任を果たすことが求められる中で、成果の見えやすい研究の優先順位が上がるのはある意味当然ではないか。このご時世で儲からないことやっている人たちは贅沢言ってられないでしょ

というような言い方だった。基礎科学の重要性を認識しながらも、諦めてしまっているように僕には聞こえて、暗い気持ちになったのを覚えている。

 このまま「役に立つかどうか」軸がどんどん幅を利かせるとどうなっていくか。僕は、「今を生きること」に直結する分野の一人勝ちになるのではないかと思っている。具体的には、医学と農学だ。どれだけ価値観が多様化しても「生きたい」ということの価値だけは絶対に揺らぐことがない。だから、そこに直結する、治す・食べることにダイレクトに貢献する科学は、どれだけ価値観が変わろうと、永久に「役に立つ」科学として、人々を説得できる科学でありつづける。そして僕は、すでに少しずつ、そうなってきているような気がする。高齢化も後押しして、近年ますます医療分野への重点投資が加速しているのではないか。「死にたくない」気持ちが最優先だというのは誰も否定ができない強力な論理だ。だけど、人類は限られたリソースを、今後も植物の進化の研究、未知の微生物を探索する研究、火山の研究、新素材の研究、星の研究なんかにも割き続ける余裕を持っていてほしいし、そうでなければならないと思う。

 僕は去年、冥王星探査や新元素発見のニュースが、それなりに大きく取り上げられ話題になっていたことが、すごく嬉しかった。そういうことを面白がって応援してくれる余裕が世の中にまだあるのだと安心できた。その応援を受けながら、役に立つかどうか分からないけど、絶対にいつか役に立つと信じて、研究を続けていきたいと思う。