yokaのblog

湖で微生物の研究してます

深海の微生物とその役割

深海の微生物と物質循環に関する約30ページの大作レビュー、ようやく読み終わった。

Microbial oceanography of the dark oceans pelagic realm, Limnol. Oceanogr., 54(5), 2009, 1501-1529

僕の研究では、湖の深層で得られた知見を、深海の研究に拡大していきたいと思っているので、まずは深海で知られていることについてきちんとおさらいしておこう、と思った次第。重要そうなとこだけ整理(でも長い)。

 

物質循環における深海の重要性

  • 全海洋の細菌(原核生物)のバイオマス・生産量の50-75%が深海のもので占められるとみられている。
  • また、海洋での二酸化炭素の生産量の1/3が深海で起こっていると見積もられている。
  • 表層から沈降する一次生産物のほとんどは水深1000mまでのmesopelagicで分解され、数か月から数年で大気に戻る。残った部分は、それ以深の水深に到達し、数世紀にわたり、二炭化炭素として貯蔵されることになる。
  • 人為起源の二酸化炭素の30%が海洋によって吸収される。一次生産の50%が溶存態有機物として放出され、うち5-7%は難分解として海洋に長期間蓄積される。蓄積される難分解性の有機物量は大気中の二炭化炭素濃度と同等である。(※)
  • 難分解性の溶存有機物は、semi-labile(-1.5年で分解)、semi-refractory(-20年で分解)、refractory(-16000年で分解)、ultra-refractory(-40000年で分解)にカテゴライズされる。(※)

※は以下のレビューより補足 Jiao, N. et al., 2014. Mechanisms of microbial carbon sequestration in the ocean – future research directions. Biogeosciences Discuss., 11(6), pp.7931–7990. 

深海への溶存態インプット

  • 一般的に、深海への溶存態有機物の直接流入は、限定的である。ただし海洋大循環で水が沈み込む地域などでは、深海の有機物消費の10-20%程度が表層から流入する溶存有機物由来のものであるとみられている。
  • アミノ酸・ペプチド・たんぱく質・単糖のような易分解性の有機物は表層ですぐに消費されるので、深海に輸送されてくるものは、細菌がそのまま吸収できない、高分子な難分解性のものが9割近くを占める。そのため、深層の細菌は細胞外酵素活性を持つものが多い。

深海への粒子状インプット

  • 沈降粒子由来物は深層の有機物消費の60%程度を占めているとみられている。ほとんどが植物プランクトンか、動物プランクトンの食べ残しやフンに由来する。
  • 植物プランクトンがつくるものは、ゲル状のポリサッカライドや、珪藻が絡み合った塊などがあり、大きなものは500µmを超える。
  • 沈降速度は、1日1 m程度のものから、1000 mを超えるものまで確認されているが、測定が難しいので統一見解はまだない。
  • 動物プランクトンの能動的な鉛直移動も有機物の流入源になっていて、表層からの炭素の流入の4-34 %を占めるとみられているが、確かなデータはまだない。
  • なお、沈降粒子は水深が増すほど、大きさや組成多様性がなくなることが分かっている。粒子同士の衝突、生物的な撹拌や分解の結果、一定のサイズに落ち着くことが原因とみられる。

沈降粒子上の細菌のふるまい

  • 総じて、粒子状有機物の9割は、1000 m以深には到達しないとみられている。沈んでいく粒子には細菌が群がり、細胞外酵素を出して分解していくが、無機栄養から優先的に得るため、残った画分が溶存態の炭素として放出されていくことになる。
  • 深海に生息する細菌の95%が浮遊性であるとみられているが、その現存量は沈降粒子量と相関があることが分かっていて、粒子→溶存態→細菌という有機物の流れが一般的に存在することがうかがえる。
  • 70%以上の浮遊細菌が移動性を持つ。栄養の濃度勾配を感知して、沈降粒子に向かって泳いでいくとみられる。いちど付着すると、数時間は付着したままとみられる。
  • しかし、付着細菌と浮遊細菌の群集組成を比較すると大きな違いがみられることが分かっていて、どの程度、付着⇔浮遊の移動がおこなわれているのかは分かっていない。

深海の細菌の多様性

  • 深海の細菌の多様性は表層よりも25%ほど少ないに過ぎない。群集構造は深度ごとにも傾向がみられるが、地域ごとの差も大きいことが分かっている。30-50%は世界中の深海から見つかる系統であるが、残りは他の地域では見られないエンデミックな系統であることが多い。深海の水塊の生い立ちや、近隣の水塊からの影響が大きいことが示唆されている。
  • 分子系統の分析によると、深海に生息する細菌の多くは、極地に生息する好冷性の系統から進化してきたことが示唆されている。低温・高圧という環境は細胞の流動性や浸透性に影響を与えるため、極地や深海に生息する細菌は、不飽和脂肪酸を多く含むという特徴を持っている。
  • 大水深ながら暖かい水塊を持つ地中海深海の細菌系統は、太平洋のより浅い水深の細菌系統と群集構造が近かったことから、深度よりも温度のほうが、細菌群集を決定する重要な要素になっているらしい。

深海の細菌の優占種

  • γプロテオバクテリアは、総じて深度が増すほど多くなる傾向。
  • 深海の中でも4000 mくらいまでの領域では、Chloroflexi門のSAR202クラスターが全細菌の10-40%程度を占め、深度が大きくなるほどその割合が上がる傾向。
  • δプロテオバクテリアのSAR324クラスターも同様の水深からよく見つかる。地域によって、系統が少しずつ異なることが分かっている。
  • 古細菌では、marine group1(Crenarhaeota)、group2(Euryarachaeota)、group4(Korarchaeota)が複数の深海サンプルからよく見つかっている。
  • いずれも深度や地域間での群集構造の差がみられ、水塊の移動や、沈降粒子に付着した細菌の鉛直移動は、群集構造に影響を与えるほどのインパクトはないことが示唆される。

深海の細菌が持つ遺伝子・代謝経路

  • メタゲノム手法を使った研究で、深海では、グリオキシル酸回路に関与する遺伝子が多く見つかることが分かった。また、トランスポザーゼ、ポリサッカライド、抗生物質の生産遺伝子が多いことも分かっている。これらは沈降粒子を効率的に分解し、他の細菌との競争に勝つための適応であると推察される。
  • また、深海では分子シャペロンに関連する遺伝子の量が多いことが分かっている。高圧環境でタンパク質を正しく機能させるための適応と考えられている。

  • 深海の細菌系統はデヒドロゲナーゼ系の遺伝子も多く持っていることが分かっている。その中でも、深度が大きいところではモノオキサイドデヒドロゲナーゼが多くなる。一酸化炭素を酸化してエネルギーを得る細菌が存在するとみられる。地中海で行われた研究では、αプロテオバクテリア、アクチノバクテリア、クロロフレクサスがこの遺伝子をもっていることが分かっている。

  • 古細菌のmarine group1(Crenarhaeota)は、アンモニア酸化にかかわるAmo A遺伝子を持つことが知られ、深海では古細菌由来のAmo Aが真正細菌由来のAmo Aの10倍以上を占めるという報告もある。アナモックスを行うPlanctomycetes等に電子受容体としての硝酸を提供する共生関係も示唆されているが、詳細はまだ明らかになっていない。
  • 深海の古細菌が、Dアミノ酸をLアミノ酸と同程度に取り組むことができるとの報告もある。一般的な細菌には利用しにくい基質を利用できる能力を持っていると思われる。深海のCrenarhaeotaのうち、Dアミノ酸を取り込むものがLアミノ酸をを取り込むものよりも2倍多かったという報告もある。

  • 最近になって、このCrenarchaeotaが3-hydroxypropionate-co-4-hydroxybutyrateという炭素固定に必要な遺伝子を持つことが分かり、深海での二酸化炭素の固定が一般的に行われている可能性が指摘されている。同位体を使った取り込み実験からは、細胞を構成するの有機物の70%が独立栄養で得られたものであるという報告もある。炭素固定のエネルギー源はアンモニア酸化とみられる。

  • なお、Crenarchaeotaはゲノム配列の重複が多いことが分かっているが、それがどのようでな意味を持つかはまだ分かっていない。

  • 古細菌Marine Group2のEuarchaeotaについては、プロテオロドプシンを持つ系統がいることが分かっているほか、嫌気呼吸が行える可能性も指摘されているが、まだ詳しい生理的性質はほとんど分かっていない。

深海の細菌の生理活性

  • 深海の細菌の活性は低いと考えられてきたが、季節的に変動する、FISHで良く光る、呼吸活性が大きい、MAR-FISHでロイシンの活発な取り込みがみられた、など、表層の細菌なみに活性が高いことがうかがえる結果が次々と出てきている。
  • 深海の細菌はフォスファターゼ活性が高いとみられていて、細菌の成長が有機物の加水分解律速されていることが原因と考えられる。
  • 細菌のサイズについては詳しいことは分かっていないが、一般的に深海の細菌のほうが一般に表層のものよりも大きいことが分かっている。
  • 深層のほうが、細菌が出す細胞外酵素の量が多いというのは一般的に知られている特徴である。深海は温度が低いことから、必要な分解活性を得るために、よりたくさんの酵素を分泌しなければならないことが理由と思われる。細胞サイズが大きいこともこれに関連しているのかもしれない。

深海の原生生物

  • 深海の原生生物については、非常に研究が少ないが、細菌同様、未培養系統がほとんどを占めているとみられている。グループとしては、リザリア、クロムアルベオラータ、エクスカバータの3系統が多くを占める。

  • また、表層に出現する系統との重複は10%程度で、ほとんどが深海に特異的に出現する系統とみられている。
  • 従属栄養ナノ鞭毛虫(HNF)の現存量は、深度が1000 m深くなるごとに、係数-0.9の指数関数的な減少がみられ、細菌の現存量と強い相関関係がある。大体HNF:細菌=1:1000の比率である。
  • 繊毛虫については、深海での現存量は、1-100/L程度で少ないとみられ、深度が大きくなると急速に数が少なくなることが知られているが、詳しいことはまだほとんど分かっていない。

深海のウイルス

  • ウイルスについてもまだ研究例が少ないが、HNFと同様、現存量が細菌現存量と強い比例関係にあることは分かっている。ウイルス:バクテリア比は、表層で14程度、深層では少し減って10程度である。
  • 深海ではウイルスとHNFのどちらが細菌の主要な死因になっているか、統一見解はまだないが、一般的に細菌密度が低いとHNF、高いとウイルスが主因になると言われていることから、細菌密度が低い深海ではHNFが主因ではないかと考えられている。
  • 一方、深海のウイルスの現存量は、現場の細菌からの溶菌だけでは説明がつかないほどの量が保たれている。これは沈降粒子の影響など、何か外部からの影響を受けているためとみられる。