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yokaのblog

琵琶湖で微生物の研究してます

パーマネントより報酬を

iPS細胞研究所の9割有期雇用 山中教授「民間企業ならすごいブラック企業。何とかしないと」 奈良で講演 - 産経WEST

 ちょっと前に話題になっていた記事。iPS研ですらこうなんだから、もっと基礎な研究領域の状況は推して知るべし、だ。アカデミアにいれば、天文学的に優秀な人たちが、職探しに苦労している姿を日常的に目撃できる。

 ただ僕は「有期雇用」という点に関しては問題視していない。むしろ、専門性の高い職業は、有期雇用のほうが合っている、と思っていて、本当に問題なのは、その専門性にしかるべき対価が払われていない、ということだと思う。

 たとえばビジネスの世界では、専門家がほしければ、その業界のプロフェッショナルを高給で引っ張ってくる。その専門性に、それだけの金額を払ってもよいと思うから、その金額が支払われる。別の会社がその専門家にどうしても来てほしいということになれば、より高い報酬を提示して、交渉をしていくことになる。つまり、専門性の需要に対して、きちんとしかるべき報酬を支払う、という、労働市場の均衡が保たれている。

 プロフェッショナルな職業の場合は、「自分の専門性を売り歩いていく」という要素が強い。そのようなプロにとっては、有期雇用で職を転々としながら、経験値を高めていく働き方が向いていて、終身雇用はむしろ、仕事の幅や人脈を広げ、専門性を磨く機会を奪ってしまうのではないか。歳をとってマネジメントが仕事になればそれでもいいかもしれないが、少なくとも、若いうちから身分が安定してしまうことは、プロフェッショナルにとってはマイナスである、と僕は考える。この辺の話は、「プロフェッショナル原論」という本に理想とする専門家像が書かれているので、興味ある人はぜひ。

 

プロフェッショナル原論 (ちくま新書)

プロフェッショナル原論 (ちくま新書)

 

 

 で、アカデミアは、この点では、極めて先進的だ。どんな業界よりも「有期雇用」が蔓延っていて、まさに「人脈と仕事の幅」を広げ、「売り歩いていく専門性」を築かないと、生き残っていけない仕組みが構築されている。とても効率的なプロの育成環境が出来上がっている。この点は僕は肯定的に捉えている(将来への不安はもちろんあるけど、それについては後述。)これからも少なくとも若手のアカデミックポストについては、有期雇用を前提としていくべきだ。

 ただ、先に書いたように、問題にすべきは、その研究者に対し相応の報酬が支払われていない、ということだ。アカデミアにいると、「会社員になれば一流企業の最前線で余裕で活躍できそうなレベルの人」でも、そこで得られるであろう報酬の半額以下しかもらっていなかったりして、なかなかに暗澹たる気持ちになる。もちろん、報酬と比例するのは「需要」であり、「能力」では決してないということは承知している。世の中には「面白い」というだけでその研究に金を出すほど、余裕がないことも分かっている。

それを分かったうえでの、質問だ。

基礎科学をそんなぞんざいな扱いしてていいんですか?

成果が見えやすい、医療や産業の最先端の応用技術に多くの投資がされるのは、しかるべきことだと思う。技術というのは、開発してから実用化するまでが大変で、世の中に科学の成果を還元するためには、絶やしてはならない投資だ。

 だけど、そうやって投資される技術も、地道な基礎科学の積み重ねの上に成り立っているということも忘れてはいけない。iPS細胞だって、発見に至るまでの、ものすごい数の遺伝子がしらみつぶしに調べられてきた結果だし、これから実医療への応用をするにも、細胞生物学が積み上げてきた知識を総動員しながら、慎重に進めていかなければならない。最近注目されている、藻類から燃料を作る研究だって、藻類をしらみつぶしに分類してきた分類学者や、色んな場所で藻類の発生を追いかけてきた生態学者の肩の上に立っている。応用研究のベースには、常に基礎科学の積み重ねがある。

 だけど、応用研究への投資の恩恵に、そのベースとなった基礎科学の研究者たちがあずかれるケースはめったにない。往々にして、自分の研究結果が世に貢献する頃には、死んでいるか、別の誰かが儲かっているというのが現実だ。

 基礎科学には、こういう「見えにくい貢献」がたくさんあると思う。そしてその恩恵は、人類全体が受け取っている。今の基礎科学の成果は、将来の人類が受益することになる。受益する以上は、それ相応の対価を支払わなければならない。基礎科学の研究者は、決して「儲からないことに興味を持って研究している人たち」ではない。受益しているにもかかわらず、その対価を払わないということは、搾取しているということだ。

 それだけではない。「有期雇用」につきまとう「将来への不安」に対する対価も支払われていないと思う。成果が厳しく求められ、身分が不安定な環境では、本人が負っているリスクに対しても一定のコストを支払うべきだ。たとえば外資金融業界は、業績が悪いとクビになる厳しい世界だけど、そのぶん、終身雇用の会社よりも報酬は高めに設定されている。それは雇用者側が終身雇用の高いコストを浮かせていることへの対価とも言える。「継続して雇う」というリスクを回避しながら、その分を報酬に上乗せできないとしたら、浮いたコストはどこに消えてしまったのか。結局、研究者の「やりがい」を搾取することで成り立っているのではないか。リスクは研究者個人がとるのでなく、社会全体で分担すべきなのではないか。

いろいろ書いたけど、結局言いたいのは、

・有期雇用は歓迎

・ただし、基礎科学が世の中に貢献しているだけの対価と、有期で雇っていることに対する対価を払うべし

ということ。人類が科学で生活を豊かにしようとしている限りは、基礎科学者がフロンティアを開拓していく営みを、軽視してはならないはずだ。投資する側も目先の説明責任に追われているのは理解できるけど、見えている貢献に投資するのはある意味当然で、将来を見据えて、見えにくいところもきちんと評価し、対価を払うことこそが手腕が問われるところなんじゃないだろうか。

 外部環境のことばかり書いたけど、もちろん研究者自身も、状況を憂うだけではなく、自ら研究の潮流をつくり、お金を引っ張ってくるために市場を開拓するアグレッシブさを持つべきだし、そうしないとこれからは生き残れないだろう。ただ、そのような研究者の努力に対し、やはりまだ適正な対価を払われるようになっていないと思う。最先端の研究の世界を指して、「ブラック」などという言葉が新聞に出てしまうなんて、本当に暗いよ。